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本尊と曼荼羅
491
:
彰往考来(しょうおうこうらい)
:2005/11/20(日) 16:19:52
490の続きです。
『地涌からの通信 別巻②歴史編』(181頁)では、「「閻魔法皇」も「五道冥官」も一切、日蓮大聖人の御書中に見いだすことはできない」と大見得をきったのですが、日顕管長のおっしゃるとおり「閻魔法王」(=「閻魔法皇」とします)は創価学会発行の『日蓮大聖人御書全集』(昭和47年67刷(初版昭和27年、創価学会)の498頁にも出ているのです。
しかし、この『聖愚問答抄』は御真蹟の存在しない録外御書ですから真偽未決御書と考えます。よってこの御書にあるからといって御真蹟完存御書少なくとも上代諸師写本現存の御書の中にはないので“大聖人様はこの御書で「閻魔法王」ときちんとお書きになっている”とは言いきれないでしょう。もし『聖愚問答抄』が後世のものなら「閻魔法王」とあっても蓮祖が御書にお書きになっているとは言えないからです。
また少なくとも「五道冥官」は日蓮大聖人の御書中に見いだすことはできないと思います。
山中講一郎氏によれば、日寛上人の導師御本尊は大石寺の石之坊に現存するそうです。(「日寛上人書写の導師本尊について」(2000年3月18日インターネット資料:
http://www.ginpa.com/column/20000328.html
)
『富士年表』(昭和56年、富士学林、279頁)によれば日寛師は亨保9(1724)年に大石寺塔中石之坊を創していますのでそのころの書写でしょうか。
山中講一郎氏は「日寛上人書写の導師本尊について」で、「導師本尊の書写は日寛上人の本意ではなかった」としていますが、これはちょっといただけないと思います。導師御本尊をニセ本尊とするなら、それを書写した法主は寛師であれ、達師であれ、顕師であれ、少なくともその件は誤りであるという立場にたつべきです。そうでないなら、石山の主張である「宗門草創のときには顕れなかった教義や、化儀が時代とともに体系化され、時の御法主上人によって宗祖大聖人の教えを正しく敷衍する形で、顕発・化導されることは、宗門の歴史のうえで、在って当然のことです。したがって、「大聖人・日興上人の時代にはなかった」「御書にも載っていない」との理由で、宗門伝統の教義や化儀を否定することは大きな誤りです」(『創価学会員への折伏教本』314頁)との立場であるといわれてもしかたがないでしょう。
何でもありの石山ですから、「大聖人・日興上人の時代にはなかった」「御書にも載っていない」導師御本尊が時代とともに体系化されたと主張するのでしょう。宗門草創のときには顕れなかった教義をどうすると宗祖大聖人の教えを正しく敷衍する形になるのか理解に苦しむところですが、なぜ現在においても導師御本尊が必要であるとするのか全く説明がないからです。伝統という名のもとに何等精査せずただ漫然と惰性の如く昔ながらのやり方を履修しているだけなのでしょうか?上述のとおり導師御本尊を精査したなら疑問をもつのはむしろ自然でしょう。“ (株)日蓮正宗”としては利益率の高いビジネスツールである導師御本尊を営業上捨てるわけにはいかない、という程度のいなおった説明のほうがむしろすっきりすると思っているのは私だけでしょうか。
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