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本尊と曼荼羅
485
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犀角独歩
:2005/11/20(日) 08:31:47
もう少し書き足せば、日蓮は龍口の刎頭、極寒の佐渡流罪という臨死体験を通じて、徹底した観心修行を唱題と読書三昧に費やしたのではないでしょうか。そこで己心の仏を観、もっと言えば一念三千を体感した。ここに日蓮は自身の妙法蓮華經を感得した。この‘日蓮の’妙法蓮華經を漫荼羅に図して、授与、受持するという宗教的というか、秘技的な要素が漫荼羅授与にあるのではないのかとわたしには思えます。ですから、その妙法蓮華經の五字は、同じ文字でも日蓮の文字でなければ、日蓮の己心も、信仰も、功徳も収まっていない、日蓮の記した妙法蓮華經(漫荼羅)であるからこそ、自然譲与となるという点が、見落とされていないのかと、わたしは考えています。
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