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本尊と曼荼羅
474
:
犀角独歩
:2005/11/19(土) 13:15:35
まず、472の訂正
誤)本弟子六人は一つの殊
正)本弟子六人は一つの事
> 本仏=本尊は法華経に出現する仏陀
出現というのは、何を意味するのかわかりませんが、寿量品に久遠成道を明かすというのが正確な表現になると思います。
また、本尊という言葉は、天台は使っていませんので、日本仏教で出来上がった本尊観に久遠本仏を当て嵌めたと言うことでしょう。
日蓮は、このような本尊、仏像がそれまで、造られておらず、これから“出現”すると本尊抄に記しました。
> 本仏の胸中の心を開けば本尊の蓮花が咲く
このような詩的表現が何を意味するのか、わかりませんが、胸中の蓮華とは心臓を指します。当時、解剖学、大脳生理学は解明されていなかったので、人々は心(精神)は心臓に宿っている働きだと考えていました。
> 仏像でも漫陀羅でも軽々に下賜するものでは無かったというもので、具体的な行為としては不軽菩薩の行と唱題と言う事ですか。
唱題は日蓮の発明で、不軽の礼拝は、その通りです。これが上行菩薩等になると滅後弘教が加わります。
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