したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

本尊と曼荼羅

470とんび:2005/11/19(土) 01:12:09
 紙幅の曼荼羅(御本尊)について。
正宗では、紙幅の御本尊については、当時の信仰の厚い人に、一機一縁という
かたちで、授与していたということだったと思います。
 ですから、戒壇の板本尊は、全人類の人の為に顕した..というのは、当時
納得いくものでした。しかし今は、戒壇の本尊については、日蓮さんが遺され
たものではないのでは..と感じています。

 では、一体日蓮さんは、何を持って一切衆生を救おうとしたのでしょうか。
報恩抄でしたか、「日本国一切衆生の盲目をひらける功徳あり、無間地獄の
道をふさぎぬ」と。
 
 あえて御本尊と書かずに、紙幅の曼荼羅と書きますが、紙幅の曼荼羅が、
信仰において、必要なものであれば、日蓮さんは生きている内に、もっと大
量に紙幅の曼荼羅を書き顕さなければ、ならなかったのではないでしょうか。
それとも、一幅の曼荼羅を多数の人で拝ませることが目的だったのでしょう
か。

 正宗では、法主の書写したものを印刷して拝ませていますが、その他の門下
では、檀家の人たちはどうしているのでしょう。日蓮宗の信者の人は、曼荼羅
を拝んでいるのでしょうか。

 また、日蓮さんの御書のどこに、私の遺した紙幅の曼荼羅を書写して多数の
人に拝ませなさい..という記述があるのでしょうか。

 日蓮さんの、本意は..ということを論ずれば、それが一つの宗派になり、
合意点などあるはずもないのですが..。

 允可証という言葉の意味がよくわかりません。なにぶん私は知識がないので
ここでの発言は、なじまないと思いますが。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板