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本尊と曼荼羅
424
:
犀角独歩
:2005/07/06(水) 19:50:48
問答名人さん
本日、小野文著師の講演録を読んでいたのですが、そのなかで日講『禄内啓蒙』から優那陀日輝に至る教学を解説されて
「久遠実成の釈迦牟尼仏が南無妙法蓮華経である…南無妙法蓮華経は、お題目じゃない。法じゃない。南無妙法蓮華経は寿量品の久遠本仏の大牟尼世尊のお名前…南無釈迦牟尼仏、この久遠の本仏が仏界として顕れた時のお名前、九界として顕れると、この天照大神、八幡大菩薩や諸仏世尊尼なると、これが仏界縁起である」
と記されていました。「あ、そういえば」という感じで拝読していたのです。
この考えは、日寛教学では、久遠本仏釈尊=日蓮大聖人を置換されたうえで、奪取されているわけですが、違うのは人即法の本尊という点かと思えました。
この一連の教学潮流は、人即法という一点を除くと問答さんのお考えと親和性があると思ったのですが、如何でしょうか。
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