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本尊と曼荼羅
408
:
犀角独歩
:2005/05/19(木) 10:46:54
> 407
そうですね。そう考えたほうが当を得ていると思えます。
その呪を書き付けたのが漫荼羅ですから呪(護)符ということでしょうか。
そんなふうに、たしかかつて投稿されていた菊水護国さんが記された覚えがあります。
しかし、呪文を唱えて成仏するというのは、もはや、シャキャムニとは何の関係もないどちらかというとバラモン、ヒンドゥー的、それを摂取した密教ということなのでしょうね。タントリズムは仏教とは言えないというのが厳格な学者の意見でした。
晩期の蓮師というのは、題目の呪文化、呪(護)符の授与という真言密教的な発想、、霊山浄土(他土)願望という念仏的発想に転じていったわけでしょうか。三つの法門の放擲されたのでしょうか。青年期の虚空蔵求聞持法、不動愛染感見、壮年期の論理性、晩期の退行と蓮師の一代を見るべきでしょうか。
「教学なんか考えなくて、先生(猊下)が」完璧に教えてくれるから、あとは勤行、唱題して、実践するのみ」、こんなものが仏教でも何でもありませんが、絶対的な信を立て、ただ呪文を唱え続けるという蓮師タントリズムを会運営、絶対権力者の座の保持にしようとすれば、そんな打ち出しになることは火を見るよりも明らかということでしょうか
もちろん、以上は、問答さんの体験を批判する意図ではもちろんありません。個人的な体験は個人にしかわからないことですから、各人の固有の宝として大切にされてしかるべきです。
けれど、科学で言う因果とは違い、万人に通用し、再現可能というものでないところに、仏教2500年の歴史のなかで成仏を目的にしながら、誰一人、成仏した人がいない理由も隠されているのでしょうか。
かつて、投稿されていた五月雨さんが、たしか、「成仏したあとはどうするの?」といった疑問を呈されていたことがありましたが、初歩的な疑問として当然すぎることであったのでしょう。
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