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本尊と曼荼羅
398
:
犀角独歩
:2005/05/18(水) 08:30:58
問答さん。
わたしは議論を通じて、ずっと仏と法と言ったとき、仏が先で、その覚った法、もしくは教法があとと思ってきたわけです。ところが涅槃経を引用して蓮師は、法は諸仏の師と言うわけです。
さらに妙法蓮華経の五字が先か、音声が先か、どちらだろうと考えてきたわけです。
また、妙法蓮華経は、元来、法華経典の題名で、蓮師自体、南無妙法蓮華経は文字どおり、妙法蓮華経への南無を意味していた。ところが晩年に至るに連れ、非常に神秘性を帯び、所謂、マントラ的な意味合いを持つに至ると映じます。
さらに中世で因果倶時不思議一法、近代では宇宙の妙法とか言われると、なんだか完全に神秘じみます。
以上のようなことについて、我々は、仏教の右も左も分からない段階で、その組織の“解釈”を刷り込まれるわけです。わたしは創価学会でしたから、一切合切“生命”で解釈するといった具合です。
しかし、そのように刷り込まれてきた“解釈”はよく突き詰めると、蓮師と関係ないばかりか、仏教としてもかなり異常なものであることに気付くことになりました。
そこから、さらに突き詰めてきたわけですが、漢字五文字の妙法蓮華経を蓮師は一体、どうとらえていたのだろうか、というのが目下、わたしの決せない疑問としてあります。
上行付嘱の南無妙法蓮華経の五字。これは要するに、蓮師の教学からすれば日本の鎌倉時代から2200余年前、インドに於いて、滅後末法の弘通を上行等に釈尊が託したという前提です。インドの話です。何で漢字五文字なのか?という疑問がまずあります。さらにそれが五百塵点已来隠し持ってきたとなると、その段階で漢字があった前提なのか?という疑問が生じます。妙法蓮華経という教えを付属したとか、過去遠々劫から秘し持っていたというならばまだしも、妙法蓮華経漢字五文字となれば、これはもはやお話にならないわけです。実際のところ、神力の付嘱などは、その点はクリアしていますが、それを五字とやってしまうと、とたんにこけないかという疑問がわたしにはあるわけです。
その意味で、問答さんが、それを唱える音声(おんじょう)であるとするのは、指示したい欲求に駆られるのですが、さて、そう決してしまって良いかどうかと足踏みをしています。
この文字と音声、少しお考えをお聞かせいただければ、有り難く存じます。
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