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本尊と曼荼羅

393顕正居士:2005/05/17(火) 06:00:03
三大秘法を三学に配当することと、四信五品鈔の趣旨との関係について。

四信五品とは。
在世四信 一念信解 略解言趣 広為他説 深信観成
滅後五品 初随喜 読誦 説法 兼行六度 正行六度

日蓮聖人は法華本門の立行は六即中の名字即、在世四信中の一念信解、滅後五品中の初随喜と判定する。
ただし一念信解、初随喜はいまだ行や解を伴わない段階であるから、具体的には滅後五品中の二品と三品、
すなわち読誦と説法をあげ、
「五品之初二三品 仏正制止 戒定二法 一向限慧一分 慧又不堪 以信代慧 信一字為詮」と述べる。
本門の立行が慧学に限るのであれば、三大秘法ではなく題目の一大秘法のみになる、三学具備の三大秘法
から慧学限定の一大秘法へと説が変化されたのであろうか?

日蓮聖人は大元帝国の侵寇を契機に自身の説が用いられるだろうと期待していた。その期待が実現し、八宗
十宗の学者たちが彼の顕教根本説をある程度評価するに至った場合には本門の三学についての詳細な論述
を求められたであろう。この書述作の建治3年、文永の役と弘安の役の間にはその期待はまだ持続している。
本門立行慧学限定説と三大秘法説とは必ずしも矛盾しないと考えます。戒学の制止とは具足戒の制止、定学の
制止とは一念三千の観解の制止であると理解できる。三秘中の本尊とは散心で行う単信唱題の対象であり、
三秘中の戒壇の前提である本門の円戒は迹門の円戒と同じく受持即持戒の理戒であり、事戒は用いても補助
であろうと推測される。だから、本尊と戒壇とは通常の意味の戒定二学には摂せられない。そういう意味では
三大秘法というけれども、もともと一大秘法の題目であるともいい得る。

「制止戒定」について、進んでは一念三千の観解もあるべき等とするのか、は後世の解釈は二途にわかれる。
ただこの鈔の一種の解釈から出た不受不施などの教義は仏教思想に反し、かつ反社会的なものであると思う。


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