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本尊と曼荼羅

378犀角独歩:2005/05/15(日) 08:50:06

顕正居士さん、「所従」に関するご教示、御礼申し上げます。
「ああ、やはり」という気分で拝読いたしました。

「日蓮の教義をその特異な「所従」思想」とは、まことに以て、わたしが注視した一点でした。わたしなりに問題が整理されました。有り難うございました。
なお、以下の点、

> 大日智法身即釈迦仏、大日理法身即多宝仏…東密・釈迦多宝不二・大日如来…台密・両部大日不二・無量寿命決定如来(寿量品の仏)

という点ですが、無量寿仏は阿弥陀であり、それが法華寿量仏と再解釈され、また、多宝・大日と解釈される宗教事情に、わたしは着目しました。ただ、蓮師に、既にその起源を見る阿弥陀アレルギーは、日蓮門下にあっては、思考から阿弥陀をスポイルするように論が組み建つところに面白さを感じます。結局のところ、日本阿弥陀信仰は比叡山なくして成立しなかったわけで、この山で語られた阿弥陀は重崇の対象で、やがて法然へと結実し、一方、阿弥陀アレルギーとも見える日蓮とその門下では、その存在を躍起に消すことで論を組み立てようとする、過剰反応があるように見受けました。この点に就きましても、もしご教示を賜れれば有り難く存じます。


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