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本尊と曼荼羅

375ひたち:2005/05/15(日) 08:14:00
川蝉さん

貴重な資料ありがとうございます。
観智儀軌に別バージョンが存在したことを思わせる文献ですね。しかも、江戸時代にはすでに失われていた可能性が高そうです。日蓮系諸派による妙法蓮華経の普及がそれを行わしめたのかもしれません。

蓮師が蓮華三昧経、もしくはその思想的背景となった観智儀軌によって曼陀羅を創案したとすれば、決定如来の位置は寿量品の仏座を表すわけで、南無妙法蓮華経=寿量品の仏となるのではないでしょうか。しかしながら、妙法蓮華経は唯仏与仏の智慧そのものですから、仏と拝するならば三身のうち報身如来にあたると思われます。台密では、大日=釈迦の義を建てる場合、大日=法身、釈迦=応身と配するようです。このことを考えあわせますと、弘安期の曼陀羅においても三身整うかと考えます。いわゆる釈迦=応身、五字=報身、多宝=法身ということになります。

顕正居士さんの「所従」思想を読みまして連想しましたのは、先に示されました八宗違目抄の記述ですね。いわゆる主師親三徳を三身に当てはめる時、
主・国王・報身如来
師・・・・応身如来
親・・・・法身如来
とされている点ですね。報身如来を主徳に配した時、その義に「所従」思想があったとも考えられます。また、この書の冒頭に以下の引用があることから、
「記の九に云く『若し其れ未だ開せざれば法報は迹に非ず。若し顕本し已れば本迹各三なり』。文句の九に云く『仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝へず』。」
三身を一仏に備えるという三身即一の義を蓮師は支持されていたように思われます。


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