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本尊と曼荼羅

36独歩:2002/04/09(火) 18:07

私は、いちばん首をかしげるのは、そもそも「法本尊」とは、いったい何であるのか、ということです。法本尊なる成句は真蹟は、おろか真偽未決書を含めてその使用は確認できません。

寿量の仏が、天台の釈義でも「正在報身」だから、報身であると言うのも短絡であると思うのですが、法本尊というのであれば、これでは法身偏重となってしまうでしょう。そもそも三身とは一仏の三側面を言うのであって、それぞれバラバラにあれば隔歴であって、三身を成じたことになりません。また、元来、“三”身で捌いていていたものが、いつまに人・法という“二”になる説明が曖昧であると思うわけです。

また、初期天台資料、また本覚資料などで検索しても「法本尊」なる成句はあるはずもありません。それどころか、そもそも「本尊」という語の使用がないわけです。もちろん、聖人にとって「本尊」は重要な位置を占めますが、しかし、法本尊はありません。

取りあえず、富要で検索すれば、その使用は寛師に始まるように思えますが、これは他五門との通用があってのことなのでしょうか。疑問が残ります。

なお、石山亨師は

本尊(法本尊)並に御聖人の御影(人本尊)の苦まれを清長が身に厚く深く被るべく候(正応元年波木井清長状)

()をもって説明し、人法本尊を御影・曼荼羅に分かって論じていますが、ここら辺を始源と見れば、聖人滅後、御影信仰が隆起したあとの教学の流れと見なせるのであろうかと思えます。

法本尊というのは、本来、法門、観法、観念であった一念三千が=妙法蓮華経と見なされた結果、さらに秘密荘厳論などの一念三千即自受用身という“人(自受用身)法(一念三千)一箇”が生じ、ついで富士では寛師が援用して自受用身を日蓮に差し替えた結果、発達した極めて後天的な教学運動といえるのではないでしょうか。

いずれにしても、台学、及び聖人の真蹟に確認できない「法本尊」を既得事項のように述べる学者諸師の姿勢に、私はまず疑問を呈すると共に、聖人滅後の教学展開を、恰も聖人の教義の如くに論じることにも、疑問を呈したいのです。


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