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本尊と曼荼羅

338真部:2005/05/12(木) 01:58:57

続き

「しかし、若し・法天の決定光明王経からは弥陀と称し得るのである、しかるに・此の経は
宋の開寶六年(973)の訳出で、不空の寂後二百年後に属するのである。

しかしながら、不空訳に・「無量寿如来観行供養儀軌」一巻があり、その巻末には
「常応読誦無量寿経」(19−72)とある如く、これ弥陀三部中「観経」による儀軌で、巻首に

我・為・當来・末法雑染世界悪業衆生、 説・無量寿仏陀羅尼。
修・三蜜門・證・念仏三昧、 得・生・浄土・入・菩薩正位。 (19−67)

とあって、これ正しく無量寿如来で阿弥陀のことであるが、儀軌の寿量品の決定如来
には弥陀の意味はなんら・ないのである。

しからば・法華法においては古来、決定如来を果たしていかように解釈せしやといえば、
心覚の「別尊雑記」(AD1117-1180)第十には

或人口傳云、 儀軌・云・無量寿命決定如来者、 多宝仏也。 云々、
私云、 此説不審、 其故者・新訳・無量寿決定光明王如来陀羅尼経・云、

西方・有・仏・名・号・無量寿決定如来、 
其仏陀羅尼・與・法華儀軌無量寿如来陀羅尼・一同也。

多宝仏・東方・寶浄世界・仏也。
無量寿決定如来者・西方・仏也。

然・則・以・西方仏・号・東方多宝仏・如何。
法華曼荼羅・諸尊・形色持物・未・見・説処、 

但世間流布・有・二本不同。 (正図、3−84)

と東方多宝の義を出して、決定光明王経の弥陀の義を疑っているのである
(恵什の「円像抄」第三同意)が、これ・決定如来を多宝仏と解する一義である。」

同論文P43−44

謹んで塩田義遜先生に深甚の敬意を表します。
また、顕正居士さんには、このような立派な論文のご紹介を頂き
心より御礼申し上げます。


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