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本尊と曼荼羅

309犀角独歩:2005/05/09(月) 10:03:19

―308からつづく―

以下、問答さんに特に申し上げることです。報恩抄は建治年間で、第18大漫荼羅は、いちおう文永11年に山中師は「?」を付します。
先に紹介した『妙宗先哲本尊鑑』二巻十六丁の図を紹介する同師の『目録』解説によれば、建治元年図示の身延曽存の大漫荼羅にも金胎両界大日如来の勧請があったといいます。これは報恩抄の記述と合致します。

第18大漫荼羅が本当に文永11年であったとすると、第16大本尊と同年の図示ということになります。当然、門下では万年救護に対する思い入れは大きく、この第18漫荼羅は、あまり取り沙汰されませんが、わたしは、この大漫荼羅の大きさを読み、吃驚しました。「丈六尺二寸五分(189.4センチ)幅三尺七寸〇分(112.1センチ)もあるのです。

第16大本尊も大幅の本尊といわれますが、「丈三尺五寸〇分(106.0センチ)幅一尺八寸七分(56.7センチ)です。つまり、大本尊の2倍近くも大きいのです。
大きさで、その漫荼羅本尊の優劣があるわけではないでしょうが、この大きさ、そして、大日如来の勧請は、やはり、蓮師の思い入れを感ぜざるを得ません。
問答さんが注視される十方分身諸仏の勧請も、三身との関係からも看過できないということになります。先に、わたしはひたちさんからのご質問に、事も無げに「大日如来が勧請された漫荼羅の存在を知らない」と記し、すぐさま、顕正居士さんのご教示を受けました。改めて、第18大漫荼羅を考えたのですが、いやはや、今さらながら、考えるべきことはたくさんあると思った次第です。まるで無知を晒した二日間となりました。


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