[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
本尊と曼荼羅
308
:
犀角独歩
:2005/05/09(月) 10:02:47
真部さん、有り難うございます。
小林師の解説、うーんとばかり唸りました。どちらを面にするのかという問題でです。
多宝塔は西面のわけですが、天子は東面。ところが日本では天子南面です。
釈尊は説法をするのに、西に座っていた。だから、その正面、つまり東に多宝塔は涌現したことになります。
蓮師は、東に向かって、北が上座=釈迦・南が下座=大日。こう仰っています。
そこで漫荼羅を見ると左(北)に釈迦・右(南)に多宝、そのとおりになっています。
ところが寛師は陰陽道からこれを捌くので暖かい方が上座とするわけです。つまり、南が上座で北が下座。陰陽道で捌くと東面か・西面かで上下座が逆さになりますね。しかし、報恩抄文段では、先の六巻抄当流行事抄の記述とは違うことを書いています。
小林師の解説は、忠実に蓮師の記述を追っていますね。
蓮師が北を上座と言われる理由がわたしにはどうもわかりません。しかし、それは蓮師はそうとらえていたことはたしかなので、それはそれです。
以下は、かつてワラシナさんと話したことですが、蓮師の漫荼羅は四大天王(東西北南)に実に心憎い配慮がありますね。
真部さんは当然、おわかりのことだと思いますが、ロムの皆さんの理解を助けるために若干、説明すれば、当時の世界観では大地は四角であると考えられていたわけですね。人文字で書けば「方」です。その四隅の角が東西北南なので、方角、つまり四角い角々ということです。ですから、四角い(方)の四隅(角)に四大天王を配すると、東西北南を斜めに構えた形になるわけです。これはたとえば、仏像奉安で四大天王を結界の四隅に配しても同じことになります。元来、仏は東面、宝塔は西面ですが、図示、奉安では、斜め向きになっているわけです。デザイン上、もしくは礼拝する関係でこれは致し方のない‘妥協’ですが、仏像を見て歩いて、四大天王を四隅に配した奉安を出くわすと、わたしは内心、このことを考えてほくそ笑んでしまいます。
まあ、以上が前提ですが、ところが蓮師の漫荼羅は、さらに‘ひねり’があるわけです。
四大天王から東西北南を見ると、右上が大持国天王で東、右下が大広目天王で西。左上が大毘沙門天王で北、左下が大増長天王で南。つまり、東西北南が実際の方角と異なっているわけです。一見してすぐわかるとおり、右・東西は宝塔の向きで、東に宝塔が立っていますから、手前が下座となるわけです。左・北南は、手前が下座となります。
実はこのことを意識していたために、小林師の解説がすんなり納得できなかったのです。
たしかに小林師の言うとおり、連句して、蓮師は多宝如来、大日如来と座を以て、この二仏が同一であることを示しているように読めます。もし、このように蓮師が考えていたとすれば、元来、天台教学に登場しない大日如来が法身仏で取り扱われるようになった教学から、多宝如来と同等視する流れが生じ、それを受容されていたということなのだろうと思います。
ひたちさんがお示しになった根拠は、真跡ならずとも説得力がありました。
しかしながら、顕正居士さんがお示しのようにそれは実際の原文に載らないわけなのですね。まったく鋭利なご教示には敬服いたします。となれば、後代の‘解釈’に多宝=大日という後代の解釈に泥むところと考えなければなりません。しかし、どうも、わたしには、単純に多宝=大日と蓮師が考えていたとは納得できないところがあります。引き続き、ご教示をいただきたく存じます。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板