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本尊と曼荼羅
304
:
真部
:2005/05/08(日) 22:43:35
独歩さん
小林師の報恩抄の解説です。
遺文 「月氏には教主釈尊・宝塔品にして、一切の仏をあつめさせ給いて・大地の上に居せしめ、
大日如来・計・宝塔の中の南の下座にすへ奉りて、
教主釈尊は・北の上座につかせ給う。
この "大日如来" は・大日経・胎蔵界の大日、金剛頂経・金剛界の大日の主君なり。
両部の大日如来を郎従等定めたる多宝仏の上座に、教主釈尊居せさせ給う。
これ即ち・法華経の行者なり」
講義 「お釈迦様が宝塔品の所で・十方世界の一切の仏をお集めになった。その時に・それらの一切の仏を皆下座に置かれ、大日如来ばかりを宝塔の中の南の座に据えて、教主釈尊は、北の上座にお座りになった。
これは宝塔品の中に釈迦、多宝の二仏が並んで塔の中にお座りになつたということがあるのですが、その多宝仏が非常に徳の勝れた仏でありますので、これを 「大日如来」 と書かれたので、つまり法身仏たる多宝如来という意味なのであります。
それで二仏が並ぶときに、多宝如来の方が南の方にお座りになったるすなわち、それが下座であるというのは、宝塔が西を向いているのですから、南というのは左手の方になって、北というのが右手になる。印度では左よりも右を尊しとする習わしであります。中略
いまここで "大日如来" といってあるのは、実は "多宝如来" のことなのである。この仏は大日経の中に書いてあるところの胎蔵界の大日如来、あるいは金剛頂経の中に書いてあるところの金剛界の大日如来というものよりも勝れている。
「主君なり」というのは、勝れているという意味であります。この多宝如来は無論・真言宗で謂う大日如来よりも上なのであるが、この多宝仏をも下座に坐らせて、お釈迦様がその上座にお座りになつたというのである。中略」とあります。
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