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本尊と曼荼羅
301
:
真部
:2005/05/08(日) 21:46:58
日寛上人「報恩抄文段」より引用致します。
「月氏には教主釈尊等文。
中略
初めに・儀式に約して第一を示すとは、若し分身の諸仏は・既に大地の上に居する故に下劣なり、
多宝如来は塔中に居する故に分身に勝るなり。
而して・南の下座に居する故に、釈尊に劣るなり。
若し教主釈尊は・塔中の北の上座に居す、あに第一に非ずや。
次に・所説に約して第一を示すとは、權経の三身は未だ無常を免れざる故に、大日経、金剛頂経の両部の大日は所従なり。
実経の三身は倶体倶用の故に、法華経の多宝如来は主君なり。
この多宝如来は・すなわちこれ釈門(迹門のことか)宝塔品の仏なり、故に所従なり。
本門寿量の教主釈尊は・即ち・これ久遠の本仏なり、故に主君なり。
若ししからば・両部の大日の主君は多宝なり、多宝の主君は・釈尊なり。あに第一に非ずや。
法華取要抄に曰く「大日経・金剛頂経・両界の大日如来は・宝塔品むの多宝如来の左右の脇士なり。
例せば・世の王の両臣の如し。
この多法仏も寿量品の教主釈尊の所従なり」と云々。權実・本迹、これを思いあわすべし。
文にいう「大日如来ばかり」等とは、
答う、ここに二意あり。一にはしばらく他師に順ずる故なり。
啓蒙18に賢記を引いて曰く、「多宝を大日と云う事は、 "不空の法華儀軌" に両部の大日を脇士となす。
法華の多宝を "不二の大日" と名づけて中央となす」等云々。
若ししからば主従分明なり。
二には・所表に従う故なり。
朝抄に曰く「 "多宝" を "大日" と云う事は、他方が "法仏" を表する釈の意なり。
ゆえにただ "法身" と云う事なり」と云々。
若しこの義に拠らば、まさに汝が家の權経の "法身" は、我が法華経の "法身" の所従なりというべきなり。」とあります。
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