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本尊と曼荼羅

280犀角独歩:2005/05/08(日) 17:18:55

顕正居士さん、いつもながら適正なご呈示、有り難うございます。

ひたちさん、真部さん、この件、以前、たしかLibraさんと話し合ったことがありました。
ちょっと、ご教示いただきたいのですが、小林師は、何を根拠として、多宝=大日を主張しているのでしょうか。また、ひたちさんは、どのような根拠からでしょうか。

わたしは、この説はちょっと、今のところ承伏しかねます。蓮師の確実な資料に当たれないからです。初期天台文献では、大日如来は出てこないわけで、もちろん、六大部にもありません。
顕正居士さんがご呈示くださった文句における三身が、やがて、報身・釈迦/法身・大日/応身・阿弥陀となっていきますね。要は、大日経はのちの成立ですから、以降、多宝・法身は、大日・法身に解釈し直された。そのために、多宝=大日という説が生まれたのだろうかと想像しています。けれど、蓮師は純天台釈によっていますから、この可能性はないように思えます。つまり、文字どおり、意味で大日は別立てではないのか、というのがわたしの考えです。

愚鈍凡夫さん、有り難うございます。分身に対して、善徳が対象となっている如くですね。


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