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本尊と曼荼羅
259
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犀角独歩[TRACKBACK]
:2005/05/08(日) 09:41:13
つぶやきに応じる必要があるかどうか、しかし、先の顕正居士さんのご指摘のあったので、こちらに移り、一応、記します。
「つぶやき」スレ1583の「本門の本尊には、二仏の表現が不可欠」というのはそうでしょうが、さらに蓮師は、報恩抄では、天台を踏まえて教理的に説明されているのでしょう。
138における顕正居士さんのご指摘は、実に報恩抄を読み解く鍵であると思います。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1017873018/r138
蓮師は、本尊抄の段階では、まだ宝塔品の範疇で論じられていますが、報恩抄になると、本尊観を三身まで拡充されていることがわかります。
顕正居士さんが文句を引いてご指摘くださったとおり、報恩抄の「宝塔の内の釈迦多宝外の諸仏」は、報身・釈迦/法身・多宝/応身・諸仏とより一段踏み込んだ解釈を示されたものでしょう。
また、四菩薩は釈迦の脇士、また、多宝には大日が脇士となると記されている点は看過できません。この点は159に投稿しました。
再掲すれば、報恩抄の
「月氏には教主釈尊、宝塔品にして、一切の仏をあつめさせ給ひて大地の上に居せしめ、大日如来計り宝塔の中の南の下座にす(居)へ奉りて、教主釈尊は北の上座につかせ給ふ。此の大日如来は大日経の胎蔵界の大日・金剛頂経の金剛界の大日の主君なり。両部の大日如来を郎従等と定めたる多宝仏の上座に教主釈尊居せさせ給ふ。此れ即ち法華経の行者なり」
本尊抄の「其本尊為体」以下は、八品の儀式を借り、付属の妙法を示すところに趣意があり、報恩抄では本門本尊・教主釈尊を示すことに趣意がある相違があるのでしょう。
報恩抄の本門本尊観
本尊・本門教主釈尊 ― 報身・釈迦/法身・多宝/応身・諸仏
脇士・四菩薩……… ― (釈迦の)四菩薩/(多宝の)大日
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