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本尊と曼荼羅

238犀角独歩:2005/05/07(土) 13:38:15

192に記したところです。しかし、もちろん「一尊四士」という後代の呼称がここで使われているわけではありません。

本尊抄では、まず「其の本尊の為体、本師の娑婆の上に宝塔空に居し、塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏、釈尊の脇士は上行等の四菩薩、文殊弥勒等の四菩薩は眷属として末座に居し、迹化・他方の大小の諸菩薩は万民の大地に処して雲閣月郷を見るが如し。十方の諸仏は大地の上に処したもう。迹仏迹土を表する故也。是の如き本尊は在世五十余年に之無し。八年之間、但、八品に限る」と言います。つまり、漫荼羅図の如き本尊は八年八品に限る…
「正像二千年之間、小乗の釈尊は迦葉・阿難を‘脇士’と為し、権大乗竝びに涅槃・法華経の迹門等の釈尊は文殊・普賢等を以て‘脇士’と為す。此れ等の仏を正像に造り画けども未だ寿量の仏有さず。末法に来入して始めて此の仏像出現せしむべきか」と言いますが、ここで問題にしているのは‘’で括ったように脇士…
…「地涌千界出現…本門の釈尊の脇士…一閻浮提第一の本尊…月支・震旦、未だ此の本尊有さず…伝教大師…本門の四菩薩を顕さず」といい、本門釈尊と四菩薩像の関係を述べます。以上の脈絡からするとき、本尊抄で蓮師が言う寿量の仏=本門釈尊像は四菩薩像によって定まる…


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