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本尊と曼荼羅

229犀角独歩:2005/05/07(土) 12:25:58

問答さん、妙法蓮華経自然譲与は、本尊抄の

「一念三千の仏種に非ざれば有情の成仏・木画二像之本尊は有名無実也。
 問て曰く 上の大難、未だ其の会通を聞かず、如何。
 答て曰く 無量義経に云く_雖未得修行。六波羅蜜。六波羅蜜。自然在前〔未だ六波羅蜜を修行することを得ずと雖も、六波羅蜜自然に在前す〕等云云。法華経に云く_欲聞具足道〔具足の道を聞かんと欲す〕等云云。涅槃経に云く_薩者名具足〔薩とは具足のに名く〕等云云。龍樹菩薩の云く ̄薩者六也〔薩とは六なり〕等云云。無依無得大乗四論玄義記に云く ̄沙者訳云六。胡法以六為具足義也〔沙とは訳して六と云う。胡の法には六を以て具足の義と為す也〕。吉蔵の疏に云く ̄〔沙飜為具足〔沙とは飜して具足と為す〕。天台大師の云く ̄薩者梵語。此妙飜〔薩とは梵語。此れには妙と飜す〕等云云。
 私に会通を加えば本文を黷すが如し。爾りと雖も、文の心は、釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我等、此の五字を受持すれば‘自然’に彼の因果の功徳を‘譲’り‘与’えたもう」

という蓮師の言葉です。
一念三千の仏種…有情の成仏…木画二像之本尊…六波羅密自然在前、薩…妙…具足に就き、蓮師が加えた会通です。
ここでは、蓮師は自身上行の立場を採っているわけではなく、しかし、寿量仏像出現を天台の難信難解から一念三千仏種を論じているのではないでしょうか。
正法から像法における一念三千は以上によって充てる。実際のところ、四菩薩の出現無くして、妙法蓮華経の五字は日本まで伝わってきました。
それはつまり、『南条兵衛七郎殿御書』に

「弥勒菩薩の云く ̄東方有小国 唯有大機〔東方に小国有り。唯大機のみ有り〕等云云。此の論の文の如きは、閻浮提の内にも東の小国に大乗経の機ある歟。肇公の記に云く ̄茲典有縁東北小国〔茲の典は東北の小国に有縁なり〕等云云。法華経は東北の国に縁ありとかかれたり。安然和尚の云く ̄我日本国皆信大乗〔我が日本国皆大乗を信ず〕等云云。慧心の一乗要決に云く ̄日本一州円機純一等云云。釈迦如来・弥勒菩薩・須利耶蘇摩三蔵・羅什三蔵・僧肇法師・安然和尚・慧心先徳等の心ならば、日本国は純に法華経の機也」

という如くです。

しかし、十神力付属は結要付属ですから、これは地涌菩薩に限ります。この前者の妙法蓮華経と、後者の妙法蓮華経は明らかに違います。つまり、その後、記される妙法蓮華経は南無妙法蓮華経の五字であって、そればかりは付属の法であるということでしょう。
ここに自然譲与と付属の相違があると思いますが、如何でしょうか。

では、引き続き、漫荼羅諸尊の南無の有無、久遠釈尊=妙法蓮華経の名証をお待ちいたします。


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