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本尊と曼荼羅
154
:
犀角独歩
:2005/05/05(木) 16:23:50
―153からつづく―
宝珠という側面から少し書き足せば、蓮師は虚空蔵求聞持法で生身の虚空蔵菩薩を感見し、智慧の宝珠を受け取った、「生身の虚空蔵菩薩より大智慧を給はりし事ありき。日本第一の智者となし給へと申せし事を不便とや思し食しけん。明星の如くなる大宝珠を給ひて右の袖にうけとり候」ということですが、この宝珠を、わたしは単なる智慧と考えていたのです。ところが三学無縁さんは、「この珠こそ、本尊抄に言う珠だ」と言ってのけた。すなわち「仏大慈悲を起こし、五字の内に此の珠を裹み、末代幼稚の頚に懸けさしめたもう」という珠です。
ここからはわたしの類推ですが、すなわち、この珠が表す智慧と一念三千であり、それを妙法蓮華経の五字で裏んだ。仏は大慈悲を起こして智慧の宝珠として、虚空蔵菩薩に託して日蓮に与えた。この珠を守護するのは、その後、感見する不動・愛染でした。すなわち、頚に懸けてもらった「末代幼稚」とは蓮師その人を指すのではないのか。その一連の脈絡を自身の信仰系譜の継承として漫荼羅に書き表し、弟子と允可した者に与えたのが蓮師の漫荼羅であったのではないのか。ここには弘通すべき付属の法がなんであるのか、しっかりと大書されています。すなわち「南無妙法蓮華経」です。
以上はわたしが想像する漫荼羅図示に至る道程ですが、さて、どうでしょうか。
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