[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
本尊と曼荼羅
14
:
問答迷人
:2002/04/06(土) 21:12
いちりんさん
>根本として尊敬する「方」ととらえることもできるし、根本として尊敬する「もの」ととらえることができましょうか。
そうすると、前に引用しました、新尼御前御返事で、いちりんさんのお考えを当てはめてみますと、
『此の御本尊は教主釈尊五百塵点劫(じんでんごう)より心中にをさめさせ給ひて、……我(われ)五百塵点劫より大地の底にかくしをきたる真の弟子あり、此にゆづ(譲)るべしとて、上行菩薩等を涌出品に召し出ださせ給ひて、法華経の本門の肝心たる妙法蓮華経の五字をゆづらせ給ひて』
とあります。そうすると、尊敬する「方」は「教主釈尊」、尊敬する「もの」は「法華経の本門の肝心たる妙法蓮華経の五字」という関係になりそうですね。そして、その尊敬する「もの」は尊敬する「方」の内心の悟り、という関係になります。そうすると、その尊敬する「方」をそのまま表わせば、教主釈尊の木像であり、その尊敬する「もの」としての内心の悟りをそのまま表わせば、それが曼荼羅である、という関係になりましょうか。
尊敬する「方」、尊敬する「もの」、木像、曼荼羅、この辺りの対応関係が、なにか不鮮明で、捉え難い感じがしていますが、いちりんさんはどのようにお考えになられますでしょうか。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板