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本尊と曼荼羅

14問答迷人:2002/04/06(土) 21:12

いちりんさん

>根本として尊敬する「方」ととらえることもできるし、根本として尊敬する「もの」ととらえることができましょうか。

そうすると、前に引用しました、新尼御前御返事で、いちりんさんのお考えを当てはめてみますと、

『此の御本尊は教主釈尊五百塵点劫(じんでんごう)より心中にをさめさせ給ひて、……我(われ)五百塵点劫より大地の底にかくしをきたる真の弟子あり、此にゆづ(譲)るべしとて、上行菩薩等を涌出品に召し出ださせ給ひて、法華経の本門の肝心たる妙法蓮華経の五字をゆづらせ給ひて』

とあります。そうすると、尊敬する「方」は「教主釈尊」、尊敬する「もの」は「法華経の本門の肝心たる妙法蓮華経の五字」という関係になりそうですね。そして、その尊敬する「もの」は尊敬する「方」の内心の悟り、という関係になります。そうすると、その尊敬する「方」をそのまま表わせば、教主釈尊の木像であり、その尊敬する「もの」としての内心の悟りをそのまま表わせば、それが曼荼羅である、という関係になりましょうか。

尊敬する「方」、尊敬する「もの」、木像、曼荼羅、この辺りの対応関係が、なにか不鮮明で、捉え難い感じがしていますが、いちりんさんはどのようにお考えになられますでしょうか。


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