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オフ会 開催案内
531
:
犀角独歩
:2005/04/19(火) 09:57:15
パンナコッタさん:
> プロパガンダが研究の対象テーマ…隔週で戸田城聖を聞く会…よりこっち方面に力を入れて…
仰るようなところに力点を考えているのはたしかです。
「何で自分はこんなふうに信じてきたのか」という謎解きをやろうというわけです。
信仰・体験というのは、面白い構造であると思います。
各人が読経・題目、そして活動をとおして、体験を得る。これが確信となって引力になるわけですね。そこで、その体験を今度は解釈・説明されると、すんなりと信じてしまうわけです。社会心理学的に言えば、体験は個人的リアリティであり、その説明を信じることは「連合」という心理効果が使われているわけです。
「あなたにこんなに善いことが起きたのは御本尊様の力」と善いことは個人的リアリティ、その原因が「御本尊様」と連合(関連づけ)されるわけです。この「御本尊様」は、「日蓮正宗」「御法主上人猊下」、「創価学会」「池田先生」、「顕正会」「浅井先生」とすげ替え可能です。「浄土宗」「法然上人」、「浄土真宗」「親鸞聖人」、「オウム真理教」「麻原彰晃」でも可能です。
ところが特定の信念体系下にある人からすれば、そんなすげ替えができるとは夢にも思わない。そのために、自分の信じていることが最高となってしまうわけです。そして、組織の一員と相成ります。この状態をミルグラムは「代理状態」といい、その心理効果を「無責任」と分析しています。通じて、こんな信念体系下にある人間は、組織指導者には従順であるけれど、外部に対して、驚くほど、無責任でいい加減です。ここで見聞できるとおりです。
完全に信じ込ませてしまえば、あとはどうやろうと・なにしようとへっちゃらというのがまた組織であるわけです。
「戸田城聖」からはじまる創価学会が、どんなふうに歴史を創り書いてきたか・それと実際のギャップはどこにあるのか。これを見てみようならぬ、聞いてみようというのが今回の企画です。
というわけで、パンナコッタさんには、音源の提供、深く感謝申し上げます。
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