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日蓮聖人と真言密教
75
:
顕正居士
:2006/03/18(土) 20:20:14
日蓮教学と密教の関係を考える上での基礎的な事柄
1 中国天台は密教との交渉がない。中国天台のアイデンティティは華厳一乗との相対である。
2 日本天台は円・密・禅・戒の四宗を倶伝する総合仏教である。ただし最澄が入唐して相伝
した密教は不十分で、空海に入門したが灌頂を受けるに至らず、円仁、円珍が入唐して不足
を補った。台密の最高経典は大日経ではなく蘇悉地経である。日本天台は真言一乗との相対
により、本門思想、観心思想を発達させた。
3 「天台・真言」というとき、「天台」には台密を含み、「真言」は東密をさす。
4 『戒体即身成仏義』は顕劣密勝だが、京都遊学以前の著とされる。立宗後は「天台・真言」
と並列し、佐前には真言批判はないとされる。『祖書綱要』の「佐前未破東天真言章」に詳しい。
ただし、『唱法華題目抄』(文応元年)に「大日経を法華経に対すれば、大日経は不了義経、
法華経は了義経なり」とある。
5 弘法、智証の二大師はともかく、慈覚大師の「理同事勝」判に異義を唱えることは山門僧の
立場を外れる、伝教大師は法華一乗と真言一乗に優劣がないとされたから、天台僧の立場も
外れるであろう。佐渡からは「本朝沙門」という名乗りがはじまる。
6 「阿闍梨」は伝法灌頂を受けた者の称号であり、密教の能化である。龍興寺の順暁阿闍梨
から最澄が受けたのが最初である。日蓮と門弟中の幾人かは阿闍梨を称しており、又新たに
阿闍梨を称することを許している。これは大石寺では今も続いている。
76
:
波木井坊竜尊@日蓮宗
:2006/05/14(日) 13:13:20
顕正居士さん、おひさしぶりです。
もうお会いしてから10年近くたちますね。お変わりありませんか。??
実に興味深いスレッドです。
顕正居士さんは、日蓮宗でよく言われる”日蓮大聖人の謎の三年間”というのを
ご存知でしょうか?
そうです。実相寺時代の三年間です。
77
:
波木井坊竜尊@日蓮宗
:2006/05/14(日) 13:19:05
実は、実相寺には一切経がない。現在でも半分ぐらいしかない。
日蓮宗には昔から”宗祖日蓮大聖人がここで経蔵に篭り立正安国論をお書きに
なられた”という伝承があります。
これは正宗系でも疑わないお話なのですが、実は一切経が”ない”(^^;汗
どうやら伝承にあわせて実相寺歴代が少しずつ収集していったようなんです。
それでも半分しかない。
御祖様に密教臭さがある、と思ったのは、顕正居士さんもご存知の通り、私が富士宮在住
者で、御祖様のご足跡を追った所から傍証的に気がついたいくつかがあるためです。
私の推測では、この実相寺時代、御祖様は完全に真言を切れなかった時代で、
アジャリの格好をしていたのでは、と推測しています。
78
:
波木井坊竜尊@日蓮宗
:2006/05/14(日) 13:26:19
この実相寺時代の”謎の三年間”ですが、当時、村山修験がたいへん盛んで、
現在の村山浅間神社は、当時修験の寺、往生寺と名乗り、住職は、末代上人で、
実は実相寺の住職の先代兄弟子にあたる人です。
この末代上人は実相寺を引き継ぐべき優秀な方だったようですが、それを捨てて
弟弟子に実相寺を譲った。しかしどうやらこの弟弟子の出来がよくなかったのでしょうか?
日興上人のお書きモノを見ると、実相寺の人材不足を嘆願するような比叡山に宛てた
書状が垣間見れます。
日興上人自身も弟子のスカウト、例えば目師がそうですが、伊豆山に行ったりしている。
北山重須にも伊豆山出身の転宗組みがいるようで、日興上人にも何故か修験密教の
匂いが付きまとう。
79
:
波木井坊竜尊@日蓮宗葵講
:2006/05/14(日) 13:33:51
この謎の三年間、御祖様はアジャリの格好をして、火の上を渡ったり、
岩の上に上ってほら貝を吹いたり、天狗界を行き来していたかもしれません。
この地域は都から追われた真言立川のメッカでもありましたし、浅間大社の
富士信仰もありましたから、一種の宗教の坩堝であったようです。
御本尊には、いくつかの密教的印が残されています。実際、日蓮宗の一派である、
最上稲荷教は、実際法華経を密教の先駆的経典であると解釈する一派も存在します。
80
:
波木井坊竜尊@日蓮宗葵講
:2006/05/14(日) 13:44:47
日興上人にも先に書いたとおり、伊豆山に出入りしたことは確かで、日目師の
スカウトをしている。
実は南条氏は北条家の分家で吾妻鏡には、この一族が法華経の埋経習慣がある
ことを伝えていて、南条家には、法華に帰依する理由があった、と思われます。
現宗研の石川師(北山総代の親戚筋であります)が、最近画期的な研究発表を
していて、どうやら日興上人のお住まいの丸山は、浅間大社の山宮(山宮浅間神社)
のすぐ近隣であったことがわかっています。
この山宮浅間神社は浅間神社の大元で、現在の浅間大社はあくまでも里宮です。
当時の御祭神は、このはなさくや姫ではなく、浅間大神か富士大神のどちらかであったようです。
拝殿その他のない古神道的であり、伊勢神宮とレイラインで結ばれているこの地の
すぐそばに日興上人が生涯終わるまでおられた住居があった。
日興上人が生きておられた時代にいくつかの摩訶不思議な御本尊が残されております。
石山伝承通りの御本尊ではない。日蓮宗でも”これは変だ”と思わせるような御本尊が
何幅かある。
断片のつなぎ合わせでしかありませんが、日興上人も含めて、密教・修験が
微妙に絡んできている物証が多い。これを今後、正しい宗祖観を構築していく上で
たいへん重要なポイントであると私は思います。
81
:
顕正居士
:2006/05/20(土) 06:25:10
波木井さん。ひさしぶりです。旧名ROCKさんも学問が進んでおられるようですね。
「真言密教」は東寺密教をいう現代語で当時は「真言」としかいわない。「天台密教」は「天台」としかいわない。
このスレッドはほんとうは「日蓮聖人と密教」が適当ですね。
岩本実相寺は比叡山横川流の寺院ですから、「真言密教」とは無関係です。実相寺の富士山信仰も東寺密教
とは無関係でしょう。三位日順の『表白』に富士派の根源の思想がよくあらわれています。
「中ん就く霊鷲山天台山比叡山は共に法華弘通の地なり、然りと雖も彼は皆垂迹にして未だ本を願はさず、
其の故は天竺をば月氏と号す、即ち月の国なる故なり、漢土をば震旦と名く、星の国たるによりてなり、随て
天台山は三台星の所居と申すなり、我が朝は本仏の所住なるべき故に本朝と申し、月氏震旦に勝れたり、
仍て日本と名く、富士山をば或は大日山とも号し又蓮華山とも呼ぶ、此れ偏へに大日本国の中央の大日山
に日蓮聖人大本門寺建立すべき故に先き立つて大日山と号するか、将た又妙法蓮華経を此処に初めて
一閻浮提に流布す可き故に蓮華山と名づくるか、初め西より東に至るは猶ほ月の生ずるが如し、今亦東より
西に伝ふ日の昇るが如しと云ふも実なるかな、麓は崇山四周して以て外郭と為す、天竺の王舎城にも超え
漢土の長安城にも過ぎたり、此処へ帝都を立て一切衆生仏法を崇め奉らば現世安穏後生善処ならん事、
何の疑ひ有らんや、若し爾らば二階の楼門は雲上に曜き一乗の講演を霞中に誦せん、正法弘通せば万年の
衆生得道倍し、王位繁昌三七の風雨枝を鳴らさざるか」
82
:
顕正居士
:2006/05/20(土) 07:06:27
「霊鷲山天台山比叡山は共に法華弘通の地なり、然りと雖も彼は皆垂迹にして未だ本を願はさず」
霊鷲山--根本法華
天台山--迹門法華
比叡山--本門法華
富士山--顕説法華
根本法華すら、なお垂迹の思想であり、顕説法華はこれを日蓮が説いた、それは要するに日本神道、
COOL JAPAN である。富士派の特色は『諌暁八幡抄』より興起し、日蓮-日興-日順と相承したが、
日蓮の最終思想自体が実相寺日源と白蓮日興の影響下で形成せられたゆえに、弘教に忙しい五老
は日蓮晩年の思想に疎かった。それが五一相対の源由だろう。しかし日頂は日興に与同した。日朗
も日興と盟約した伝説は、勝劣派が朗門から興ったことから真実でなかろうか。富士派が衰えたのは
ルーツを忘れ、しかしそれゆえにルーツを求め、内部闘争に邁進したゆえでなかろうか。
83
:
犀角独歩
:2006/05/21(日) 08:55:30
顕正居士さんが、豊富な視点から、日蓮、もしくは殊に富士門下に密教的な要素を孕んでいるという分析は、説得力があります。
この点は、特に異議を有しようなどと努々考えません。
ただい、実に不思議に思うのは、これだけの密教的な影響を受けたとする富士門下の‘風景’というのは、まるで密教的に見えないことです。修法、その法具、もしくは美術、また、加持祈祷といった側面にしても、実際の密教や、山岳信仰の現場の風景とは大きく異なっています。教理面ではたしかに密教的な要素を確認できながら、その他にその影響を感じられない、このアンバランスはまた、富士の特徴ということになりましょうか。
84
:
お暇庵
:2006/05/21(日) 10:46:12
鎌倉期の佛教が密教化しているのはこの時代の要請でもあります。
鎌倉八幡社は言うに及ばず、律といわず、禅(道元は除く)、奈良の法相も密教化しています。これは鎌倉以前の時代から続いた現象です。いわゆる天皇・公家の要請でもあり神道・陰陽、からの引き続きの習合でしょう
85
:
ひかり
:2006/05/29(月) 01:56:01
御祖様はアジャリの格好をして、火の上を渡ったり、
岩の上に上ってほら貝を吹いたり、天狗界を行き来していたかもしれません。
御祖様と修験道の関係は興味あります。
天狗界って本当に実在するのですか
86
:
パンナコッタ
:2006/05/30(火) 19:18:53
天狗云々というのは、おそらく妙法両大善神の事だと思いますが。
http://www.hongyozi.or.jp/mdo.htm
冨士修験に関しては、
http://www.city.fuji.shizuoka.jp/cityhall/kyoiku-b/hakubutukan/a6-1/a6-1-2-6.html
http://www.city.fujinomiya.shizuoka.jp/e-museum/fujiyama/furufuji7.htm
実相寺、末代の流れが当然あったでしょうね。
密教”風味”的な色合いを考えてみれば、むしろ蓮祖より日興の方が、この流れ(冨士修験系)
としては、元々強かったのかもしれません。
また別の流れとして、小室妙法寺の日伝は元山伏の頭領との事で、間接的に門下が影響を受けた
可能性も十分にあるだろうと思えますね。
http://www.na-hozumi.org/05-510-02-21-museum-myouhouji-s2-rekisi.html
87
:
今川元真
:2006/07/04(火) 06:08:00
80の書き込みにある日蓮宗も変だと思う日興上人の漫荼羅とは何でしょう。御本尊集とは別に各寺別の本尊を見る事ができるサイトで擦れた荒っぽい漫荼羅、教法本尊と同じ位の大きさの花押日蓮書名の漫荼羅、題目だけの漫荼羅等を拝見しました。伝日興漫荼羅なのでしょうか。
88
:
れん
:2006/07/04(火) 18:40:58
今川さん
>87
80の書き込みの曼荼羅とは、おそらく、伝日斉師筆の曼荼羅でしょう。
これは、写真が公開されてますが、興師在世にも関わらず日妙師が勧請されて
いる点、代師退出後、重須の妙師正嫡思想成立以後の作成にかかるものと思います。
例えば石山では乾元の大石寺持仏堂安置の曼荼羅を偽作してる位ですから、当然、重須
でもこの手の『日興』曼荼羅を偽作した可能性はあるとおもいます。
取り敢えず、「日蓮宗でも変だと思う日興上人の漫荼羅」は彫刻同様に写真が公開
されてないので、今後の公開を俟つしかないですね。
されてないので、
89
:
今川元真
:2006/07/05(水) 06:18:36
れんさん、ありがとうございます。法華一乗を表明した日蓮聖人の気持ちを考えると跡目争いを起こすようになってしまったのは哀しくなります。漫荼羅は真言宗、法華経は天台宗から末法に合うように開き、所詮は南無妙法蓮華経の他は無いなら、漫荼羅も法華経を読む範囲も争う必要など無いのに。日蓮聖人が弟子檀那に、南無妙法蓮華経の他は無いとだけ言っていたなら、人にも仏像にも題目を唱える事が良いのでは無いか其れだけしか無いのでは無いかと考えてしまいます。
90
:
天蓋真鏡
:2006/12/20(水) 17:56:04
犀角独歩さん、21世紀になってエライ事書き始めましたね。冷や汗もので目が点になると想います。鎌倉時代の僧・日蓮は晩年、空海密教の経典を所望したとか小耳に挟みましたけれども。【天台密教から法華一乗へ】顕勝密劣かは存じませんが、法華経至上主義だと考えます。四箇格言は比叡山の僧兵等に対して断下を加え、漫荼羅は法華経を再び全うな形で復興する道標では無いでしょうか。[法華一乗→成仏得道→立正安国]
91
:
犀角独歩
:2006/12/20(水) 18:28:57
天蓋真鏡さん
> 漫荼羅は法華経を再び全うな形で復興する道標
表面的には、そう見えます。けれど、考えてもみてください。「漫荼羅」という語彙と法具自体、すでに密教のものですよ。
『日蓮と梵字』
http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/50831955.html
92
:
天蓋真鏡
:2006/12/20(水) 20:24:16
妙法漫荼羅は、一念三千の世界(顕も密も含む)と法華継承の一場面を現出、唱題して既成概念を溶解再合成、滅不滅新世界を成長させる。御書遺文は途切れ途切れでしか説明してません。可能性は否定しませんが、考えすぎると複雑骨折になりませんか。
93
:
犀角独歩
:2006/12/20(水) 21:46:04
天蓋真鏡さん
珍しく、本音を表面に出したレスですね。仰るところが、まさに、わたしの問題提議です。
94
:
天蓋真鏡
:2006/12/21(木) 11:59:10
自分ではふざけた事を書いたり言ったりしてないつもりです(周りの人々に言われたりしました)犀角独歩さんは過去の成否、天蓋真鏡は未来の成否を目指して、あーでも無い、こーでも無い。でも、鎌倉時代の僧・日蓮は【何だったのか。何なのか。】と言う想いは同じでしょう。お互い死ぬまでに納得の解読に辿り着けると良いです。
95
:
犀角独歩
:2006/12/21(木) 14:57:23
天蓋真鏡さん
わたしは、あなたの一見、アラシと誤解されかねないご投稿も、何とか判読し、意を採ろうとしてきました。
ですから、けっして、ふざけて書いているとは思っていません。
96
:
天蓋真鏡
:2006/12/21(木) 19:47:32
不勉強なのでキツイ言い方と感じた事もありました。此こで言うのは自分の実家等の周りです。
97
:
天蓋真鏡
:2007/01/17(水) 18:57:40
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