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日蓮聖人と真言密教
60
:
犀角独歩
:2002/07/12(金) 08:06
一字三礼さん:
> 教学者が提唱した“仏陀とは太陽信仰の擬人化であって、釈迦こそ実在ではない”と切り返される
ほお、そうですか。私は、そんな経験はあまりありません。取りあえずアショーカ王の石柱の発見と碑文によって歴史的にシャキャムニがいたことは認知されていると判断しています。それにしても、太陽信仰の擬人化とは随分と的はずれの批判ですね。
> 紀元後100年の時期…どのような視点から、この時期を…
ご承知のとおり、法華経の成立史からすると、その創作は紀元前100年から紀元後100年の200年ほどの間に跨っているというのが一応の通説になっています。この時点で、久遠仏思想は成立していたことになります。久遠仏思想、いわゆるシャキャムニの神格化は、それ以前にももちろん、見られますが、のちに報身と表現されるようになるこの思想運動は、この時期に見ることができるでしょう。
先にキリスト教が仏教に影響を与えることは物理的に無理であるという見解を一字三礼さんは示していましたが、これは「キリスト教が」という限定がつくことであろうと思います。「何を言っているのか」と思われるかもしれませんが、私は宗教団体の成立と思想潮流は必ずしも一致しないと考えています。つまり、キリスト教を生み出すモチーフになる源流があり、それが幾重にも枝分かれして、各地に伝播し、時にはキリスト教といったような教団を構成するに過ぎないという見方です。
その前提で見るとき、100年単位のズレが時にはあるかもしれませんが、新約聖書の成立と、法華経の成立は時を同じくしているではないか、さらにその後、法身仏思想という、キリスト教で言えば汎神論にカテゴライズできそうな思想運動が仏教上に起きてくることになります。(法身思想と法身仏思想は別のものであると私は考えています)
先頃、ミレニアムということが盛んに言われましたが、1000年、あるいは2000年を単位とするこの考えは、単位だけで見れば大集経の500年・1000年・2000年単位との類似は意識されることになるでしょう。
経典制作、あるいは仏像創作という歴史的な単位で見れば、たしかに紀元前5世紀から紀元後7世紀という1000年単位のことになりますが、法華経と新約聖書に絞り込むとき、その創作年代は、ほぼ同時期にあると感ずるということです。
「ミリンダ王の問い」として知られる仏教がギリシャに伝播を伝える記事は、紀元前2世紀説が採られているようです。となれば、教団がではなく、思想が相互に影響を与え合う可能性は、キリスト教を生み出す“背景”の中でまったくなかったとは私には思えないわけです。
ただし、それは直ちにキリスト教が仏教に影響を与えたとか、あるいは逆だなどという諍論をしようということではなく、東西思想交流の可能性は、どうなのかを考えてみたいということです。
一字三礼さんは、なかなか歴史観にお詳しいようなので、紀元後100年を問うたのは、そのような理由です。ご賢察をお聞かせいただければ有り難く存じます。
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