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日蓮聖人と真言密教
48
:
川蝉
:2002/07/10(水) 15:24
犀角独歩 さんへ。
続きです。
「アーナンダよ、ここに如来は三千大千世界を光りをもって満たし、かの生ける者たちが、その光りを認知するならば、その時、如来は音を発し、声を聞かしめるであろう。アーナンダよ、このようにして、如来は音声をもって、三千大千世界、あるいはまた望む限りに知らしめるであろう」(増支部3・80。雑阿含424経))等と経を挙げ、「アミターバの観念が、このように原始仏教の仏陀観に胚胎していると見ることは、決して無理なことは無いであろう」と論じています。
こうした論証を容認できなければが「いくらなんでも、これは暴言でしょうね。」と云う事になりますね。
>なにをかいわんや、です。無記に代表される修道的ともいうべき
>修行論は、絶対的な救済者を求めるのではなく、自灯明とも言わ
>れるとおり、自律的個人の達成を目指したものであるはずです。
>この点こそ、仏教が高く評価される点であるはずです。
大乗は自力と他力の融合力を云いますね。もちろん他力一辺倒なれば大乗の基本思想に外れて居ることになります。
>阿弥陀思想が仏教の本流などという発言は、いくら高名な学者の
>発言とは言え、戯言の分類するほかないと私は思います。
浄土宗系統の学者ですから「阿弥陀思想が仏教の本流」と表現しているのしょうね。
私は、藤田教授が「阿弥陀思想が仏教の本流」と表現した意は「阿弥陀思想は仏陀観の発展上に生じたもので、外来思想はやはり傍流的影響と考えるべきであろう」との意を表そうとしたのだろうと、受け取り、そんなに気になりませんでした。
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