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日蓮聖人と真言密教
47
:
川蝉
:2002/07/10(水) 15:23
46 : 犀角独歩 さんへ。
> 藤田宏達阿弥陀如来外来説に反論といえば、定番の学者名です
> ね。
滅茶苦茶な反論者では無いことはたしかです。
>本当でしょうか。釈尊の死を悼み、舎利を供養した人々が仏陀を
>計り知れない寿命を持った永遠の存在であるとと思ったり、光明
>の存在と思っていたでしょうか。また、西方十万億土に、このよ
>うな仏がいることを初期経典中に見いだすことができるのでしょ
>うか。いくらなんでも、これは暴言でしょうね。
「西方十万億土」の仏の存在は原始経典には無いでしょうね。
確かめたわけではないですが、初期大乗経には十方諸仏の思想は相当早くから有ったのではないですか。西方も十方の一つですから、仏名はともかく西方仏の萌芽は有ったことになると思います。
仏舎利塔礼拝はその始めはともかく、単に入滅された釈尊を偲ぶだけではなく、礼拝する者の前に釈尊が現前し、苦悩を救ってくれると云う意識のもとに仏塔中心に信仰し、それが仏寿無量思想を含む大乗興起の大きな要因に成っているのでは。
藤田教授は
「増一阿含経巻四十四巻」の
「われ釈迦文仏の寿命は極めて長し、しかるゆえんは、肉身は滅度を取ると雖も、法身存在す。此は是れその義なり、当に念じて奉行すべし」
や、
「長部16経・大般涅槃経」の
「アーナンダよ、如来には四神足が修習され、多くなされ、習熟され、徹底的になされ、実行され、精通され、よく発起されている。アーナンダよ、如来はもし欲するならば、一劫の間だ、あるいは一劫以上の間、住することができるであろう」
を引き、「必要に応じてその寿命を延長しうるものでなければならないという仏陀観がここに示されている。宇井博士印度哲学研究第四190頁参。明らかにアミターウスの観念と相通ずるものと思われる。
無量寿経のサンスクリット本によると、この原始経典の説とほぼ相応する言葉が見出される。」(326頁)
と論じています。
また、「仏と光明との結びつきということになれば原始経典にかなりの資料を見出せる。二・三の例をあげてみよう」と
「世間には四つの光りがある。ここには第五の光りはない。昼には太陽が輝き、夜には月が輝く。また火は昼夜にそこここを照らす。正覚者は輝けるものの中で最勝者であり、この光りは無上である」(SN.1,p.15=P.42 雑阿含1310経)
散文の部分になると
仏が出現すれば「大いなる光り、大いなる光明が現れる」
と説き、
さらに進んで仏の託胎成道初転法輪等のさいに
「その時、天界と魔界と梵天界とを含む世界において、沙門、バラモンと人・天とを含む衆の中において、無量にして広大なる光りが、諸天の天の威力を超えて出現する。かの世界の涯の悲惨にして涯底なく、暗冥・黒闇のところ、そこにはこのような大神力やこのような大威力をもつこれらの月や太陽の光さえ及ばないところ、そのところまでも、無量ににて広大なる光りが、諸天の天の威力を超えて出現する」(AN.11,pp.130-131)
と説くようにもなるのも不思議はない。(続く)
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