したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

91愚鈍凡夫:2003/05/02(金) 21:02
「聖人御難事」の文証を再度引用しますと、
「仏は四十余年天台大師は三十余年伝教大師は二十余年に出世の本懐を遂げ給う、其中の大難申す計りなし先先に申すがごとし、余は二十七年なり其の間の大難は各各かつしろしめせり」(「聖人御難事」)
これは文面から言って、それぞれ「九横の大難」、「南三北七」、「南都六宗」を指していますね。大難に遭ってこそ「出世の本懐」は遂げられるとの御教示と拝します。そして、御自身は立宗宣言以来27年間、大難の中に身を置いてきたとの仰せだと思います。
そこで、
>出世の本懐の件は、
>仏陀のみに許される用語とは思っていません。人師論師に使用しても差し支えないと思っています。
との意味で引用しました(愚鈍ですので説明が下手です。悪しからず)。

「此の時、地涌千界出現して本門の釈尊の脇士と為りて、一閻浮提第一の本尊、此の国に立つべし」(「観心本尊抄」『昭和定本』平成三年増補改訂版)
学会版は故意に読替えをしているので、日蓮宗版から引用します。ガンコさんが引用されているのはこの文証ですね。
ガンコさんは、蓮祖は1279(弘安2)年10月12日に「出世の本懐」を遂げられた。といいたいわけですね。例の疑惑の「戒壇之本尊」をもって「出世の本懐」としたいわけですね・・・・・。
「本門の教主釈尊」を本尊としたのですから、「一閻浮提第一の本尊」であることは間違いないのじゃありませんか。
ただ、曼陀羅にこだわりますと、本尊抄述作以降の曼陀羅といいますと、1273(文永10)年7月8日の「佐渡始顕本尊」となりますが、「報恩抄」が1276(建治2)年ですから3年前ですね。
しかし、前にも記しましたが小生には、それが仏像(仏像群?)なのか、仏画なのか、十界勧請の曼陀羅なのかわかりません。よければ御教示下さい。
>小生は、「出世の本懐」を、この世で果たさんと決意した使命と捉えています(我見ですが)。
という考えなので、蓮祖の場合も何れかの時点ではなく、人生という線の中で考えています。

これで答えになっているでしょうか。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板