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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

636犀角独歩:2003/10/31(金) 14:28

れんさん:
愚鈍凡夫さん:

たぶん、過去にお読みいただいていると思うのですが、守本尊の相貌については『創価学会の携帯本尊について』でやや触れたことがあります。

*** 転載はじめ ***

43 名前: 犀角独歩 投稿日: 2002/10/22(火) 03:44


横レス、失礼します。

曼荼羅をもって「守」とする真跡は『日眼女釈迦仏供養事』にあります。

「御守り書きてまいらせ候」

という一節です。この書は弘安2年の述作でありながら先のが「三界の主(あるじ)教主釈尊一体三寸の木像造立の檀那日眼女(にちげんにょ)」と続くために石山僧俗にはあまり拝読されないので気が付かれないのかもしれません。

また、実際の漫荼羅で「護(まもり)」と入るのは建治2年8月13日、14日の2日間に図示された3体です。

相貌は中尊題目、愛染不動の梵字、二仏、四菩薩。四隅に天王を拝せず、右下に毘沙門、持国を並べ、両肩に「病即消滅・不老不死」と記しています。

見ればわかるとおり、通常の…何を通常というかは議論が分かれるでしょうが…漫荼羅とは相貌が違っています。

http://campross.crosswinds.net/GohonzonShu/038.html
http://campross.crosswinds.net/GohonzonShu/039.html
http://campross.crosswinds.net/GohonzonShu/040.html

守本尊であるとわかるのは、花押の中に授与者の名と「護(まもり)也」と記されているからです。

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/mamori_honzon.gif

大きさは50×30センチほどで、今の守本尊と比べれば、かなり大きいと感じます。もちろん、こちらが原型でしょう。


【参】桐谷征一師『大曼荼羅の世界』


44 名前: 犀角独歩 投稿日: 2002/10/22(火) 04:04


43の守本尊の相貌を見てわかるとおり、単に四大天王が四隅に拝される通常の漫荼羅とは違うのであって、それをただ縮小すれば守本尊になるということではありません。

今度の学会のものは、新語「携帯本尊」というものらしいので、もちろん、聖人の守本尊とは、縁もゆかりもないものです。ですから、相貌その他が違うのは、むしろ、当然なのでしょう。こんなアクセサリーと日蓮聖人の守本尊の原型を比べること自体、ナンセンスかもしれません。

*** 転載おわり ***


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