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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

62アネモネ:2003/01/30(木) 13:04
今里さん

こんにちは。お久しぶりです。
私はご教示は出来ませんが、少し疑問に思うところがありましたので、レスいたします。

>『出世の本懐』がどのような事柄を指すのかという議論はさておいて、

とのことですが、

>富士門流の教義とは、この大聖人様の『出世の本懐』を拠り所にして成り立っている教義だと考えますが

という以上、大聖人様がご自身の『出世の本懐』を何と考えておられたかは、非常に大事な問題だと思います。そこを厳密に捉えなければ、拠り所にして立つことはできないと思われます。

そこで、私からまず今里さんに質問させて頂きたいのですが、
『聖人御難事』は、弘安二年十月一日に御執筆されているわけですが、ここでは「余は二十七年なり」と記されて、日蓮聖人はこの時点で既に出世の本懐を遂げられているものとして書かれているように私には読めるのですが、今里さんはそのへんはどのように読んでいらっしゃるのでしょうか。
さらに、戒壇の板曼荼羅の日付は十月十二日ということで、この書を書かれた日付よりも後のことになり、辻褄が合わなくなると思うのです。私の読みが間違っていないとするならば、今里さんは、日蓮聖人の出世の本懐は何になると考えていらっしゃるのでしょうか。

この御書には出世の本懐を示す「大難」ということが説かれているかと思うのですが、私は、日蓮聖人にとっての大難は、やはり龍の口の法難から佐渡流罪にかけてのことだと思われるところです。とすると日蓮聖人は、ご自分の出世の本懐を龍の口の法難から佐渡流罪にかけての大難と考えられていたのではないかと、それこそ浅学ながらそう思うのですが…。どうでしょう。
もちろん日蓮聖人は熱原の法難に際しては、自分の難として、つまり同苦の心で向き合われたこと拝察されます。しかしこの熱原の大難を受けている中心的存在は、やはり熱原の信徒たちと捉えるのが自然なのではないかと感じます。
それこそ間違っているならば、ご指摘頂きたいと思います。


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