[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
602
:
愚鈍凡夫
:2003/10/04(土) 22:29
空き缶さん。
以前にも言いましたが、北山の『万年救護本尊』が、どういう事情で日禅師から重須に亘ったのか?
そして、西山の『万年救護本尊』が文書上に現れるのはいつからなのか。またその曼荼羅は何時図顕されたものなのか?
この辺の検証が必要なようですね。
御遺文に「大曼荼羅」、「曼荼羅本尊」の言葉はありませんから、連祖は基本的に御自身の曼荼羅に優劣はつけていなかった、そして年代による差別化していなかった、と思っています。
従って、保田の『万年救護本尊』をも含めて、この3つの『万年救護本尊』の歴史を検証することで、富士門の違う一面が見えてくるように思うのです。
勿論、『万年救護本尊』の命名は蓮祖によるものではなく、後世のものであると思っています。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板