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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
6
:
独歩
:2002/04/19(金) 11:37
―宿命について 205からつづく―
○ちょっと、私見 002
富士門流をおいては常に議論される日蓮本仏論については、頭から信頼し、疑うことが不信謗法であるという懼れによって斥けられる流れと、考証してみようという二つの流れが、当掲示板にできていると観察します。もちろん、私は後者のほうですが、ここのところ、日蓮本仏論の根拠とされる文書を俯瞰し直し、205に記したように、日蓮本仏論は、元来、日蓮“迹”であったのではないかという点に興味が引かれています。
宗祖日蓮は鎌倉時代に生きた実在の人物であることは紛れもない事実です。この日蓮を、そもそも“報身”であるというのが日蓮本仏論です。
しかし、六巻抄のスレッドでも取り上げました(95)が、岩本師の説明を踏襲すれば、応身とは「応身仏に象徴化されている歴史上のブッダの肉身」というのです。もちろん、三身論から言えば、応身は「釈迦文」であって、それ以外に適用すべき語彙ではありません。けれど、転用、改変によって成り立つ中古天台本覚思想とその転化である日蓮本仏論は容易く三身を天台、あるいは日蓮へと置換してしまうわけです。それによって、まず自受用報身=天台という口伝が生じ、これを転用して自受用報身=日蓮という日蓮本仏論が寛師によって成立したわけです。
日蓮本仏論は天台本仏論の日蓮版であって、天台僧俗からすれば、それを盗用と呼ぶことになるでしょう。しかし、それでも寛師によって再構成されるこの新義は、石山僧俗にとっては独自の意味を持ち得たわけです。それはともかくとして、先に挙げた岩本師の言からわかるとおり、日蓮は肉身を歴史上の人物であるわけで(だからこそ御肉牙なる伝説も生じたのでしょうが)、これを報身と呼ぶのは如何がなものでしょうか。
もちろん、直接的に、そう呼ぶのではなくて、寛師は、これを「当体」なるまったく意味不明の説明語によって肯定しているわけです。
さて前置きが長くなりましたが、寛師が本来の日蓮迹仏論を日蓮本仏論に書き換えたという点について記します。
自受用報身との関係において、日蓮を装飾する書は『百六箇抄』『本因妙抄』『産湯相承事』『御義口伝』などなのであって、実際、これらの成立順番は、詳しくわからないところですが、取りあえず得に着目すべき該当部分を挙げれば
『百六箇抄』
本因本果の主本地自受用報身の垂迹上行菩薩の再誕本門の大師日蓮
自受用身は本上行日蓮は迹なり
『産湯相承事』
本地自受用報身如来の垂迹上行菩薩の御身を凡夫地に謙下
があります。
ここでは文字どおり、本:自受用・迹:日蓮が明確に論じられています。
より正確に記せば、本地:自受用報身・垂迹:上行菩薩・再誕(垂迹):日蓮となっています。
ところが寛師は以上の文を踏まえながら、日蓮本仏を“切り文”と「当体」語によって作り変えたわけです。人(日蓮)法(戒壇曼荼羅)一体・本門本尊説を構成する寛師は『六巻抄』の本音とも言うべき部分で
自受用報身、無作三身、本因妙の教主、末法下種の主師親、大慈大悲南無日蓮大聖人師。南無本門寿量の肝心、文底秘沈の大法、本地難思境智冥合、久遠元初の自受用報身の当体、事の一念三千、無作本有、南無本門戒壇の大本尊。
人法本尊を定義づけています。この文を一瞥してわかるのは「垂迹」の二文字が消し去られていることです。この点は現石山の勤行観念文でも同様で「自受用報身如来の御“当体”」と、『本因妙抄』『産湯相承抄』で“垂迹上行菩薩再誕日蓮”に当たるの部分が“当体”語に置換えられています。つまり、これは寛師教学に基づくものであろうと思われます。
もちろん、「当体」は文句・玄義をはじめ初期天台文献でも多く散見できるのであって、たとえば文句記には「法身當體明不滅。報身説不滅必約法身」などと見られます。しかし、その用法は三身に限るものではない様に思われます。
この台釈とは別に寛師が垂迹を簡んで「当体」を使うのは、私には日蓮垂迹を、日蓮本仏にステップアップするための作為的なものであったと思うわけです。
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