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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
566
:
犀角独歩
:2003/09/12(金) 07:08
苦悩乱者さん:
562を読み落としていました。失礼いたしました。
「リードオンリー」になられるとのこと、各人の考えをわたしは尊重します。
ただ、わたしも引退宣言をしながら、こうしてふらりと舞い戻り、何日か書き続けたりしたところ、複数の方々から、メールその他で心温まるお言葉をかけていただきました。
あまり、頑なに白黒を決めずに、お互い大らかに行きませんか。
わたしは、今回、舞い戻ったことによって苦悩乱者さんと、メール、またこの板上で議論ができたことをうれしく思っています。この点について、御礼申し上げておきます。
有り難うございました。そして、また、今後ともよろしくお願い申し上げます。
以下は、わたしのHNの由来であるスッタニパータ−第1 蛇の章 3、犀の角 (岩波文庫『ブッダのことば』) の一節です。
「もしも汝が、賢明で、協同し律儀正しい明敏な同伴者を得たならば、一切の危難にうち勝ち、こころ喜び、念いをおちつけて、かれとともに歩め。しかしもしも汝が、賢明で協同し行儀正しい明敏な同伴者を得ないならぱ、あたかも王が征服した国を捨て去るようにして、犀の角のようにただ独り歩め」
「われらは実に朋友を得る幸を讃称(ほめたた)える。自分よりも勝れ或いは等しい朋友には親しく近づくべきである。このような朋友を得ることができなければ、罪のない生活を楽しんで、犀の角のようにただ独り歩め」
そして、こうもあります。
「相争う哲学的見解を超え、(さとりに至る)決定に達し、道を得ている人は、「われは智慧を生じた。もはや他のものに指導される要がない」と知って、犀の角のようにただ独り歩め」
シャキャムニ「独り歩め」という教えは、孤独になれ、孤立しろというものではないことがわかります。自身の精神の自立・自律を教えるものであるとわたしは読んでいます。
ですから、時には人と語らい、談笑することもその教えを破ることにはならないとも考えるのです。また、お話いたしたいと思います。
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