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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

564顕正居士:2003/09/11(木) 01:26
>十界互具ですから、仏か菩薩かと論じることはどうかと思っています。

「宗祖本仏論」からいうとそうであろうし、それでよいと小生も考えます。

しかし日蓮宗(諸派)のいう「人法」(人と法)とは「仏法」(仏と法)だ
という独歩さんは誤まっておらず、「仏法」では「仏の(教)法」と区別が
できないからいうので、「依法不依人」の人(人師=菩薩)とは違うんだ
は正しいでしょう。

菩薩は未だ修行を完成しない段階だから1%の「人法一箇」(名字の菩薩)
から99%の「人法一箇」(等覚の菩薩)まであるが、100%の「人法一箇」は
ない、などというとき、この「人」は「仏」の意味であります。けれども。

「十界」とは経典に出て来る生物(衆生)を整理し(六道)、聖者の種類
(四聖)を足して十だから、六道と四聖は別の分類で、かつそれが重なる。
声聞、縁覚、菩薩三聖は六道いづれにも出現し得るが、仏は人界南閻浮提
にのみ出現する。現実には地獄、餓鬼、修羅、天とは空想上の生物か人界
の身分のことであり、聖者に三乗の別があるわけでなく「一仏乗」のみが
ある。
教主釈尊とは円満の「人」のことで、「人」を超えた何者のことではない
とも日蓮は述べている。

比叡山根本中堂の御本尊が薬師瑠璃光如来であるのは、薬師薬王同体の上
から最澄は第3祖天台大師を救主・御本尊としたといえるでしょう。

参考・松本佐一郎『富士門徒の沿革と教義』(昭和48年・大成出版社)
の第3編・第4節「日蓮本仏論」は現代人の教養の上から宗祖本仏論を解説
しています。繰返し顕本論や智学居士の人物評も面白く、宗史書としては
悪評判(大石寺洗脳居士)でも、教義批評は価値があり、推薦します。


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