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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

552犀角独歩:2003/09/08(月) 18:27

苦悩乱者さん:

什門成立説ですか。なるほど。それで祖滅100年と一致してくるわけですね。読んでみようと思います。
これまた室町なのですね。中山、龍華、延山、昭朗、什門、陣門、隆門があり、富士では有師、京の教師、辰師、まったく面白いほど、訳者の揃う時代に録内が成立していったのはわかる気がします。

しかし、什門ですか。什師は元天台僧で、有師の言では仙波能化と見え、富士門徒帰伏の伝説もありましたね。

録内成立後のことになりますが、先に記した『日蓮聖人の世界』では

「録内御書は元和年間にはじめて京都本国寺において発刊されたという」(P112)

と記されていました。もちろん、これは成立とは別に、発刊についてです。
わたしが驚いたのは、この本は古活字を組んで印刷されていたことです。
元和といえば、いまから400年近くも昔のことです。この時点で組版があったことには本当に驚かされました。録内御書の一覧表もあり、いちばん旧いものは『平賀日意本』嘉吉3(1443)年、祖滅162年でしたね。成立から50年ほどして刊行。無理のない時間配分と映じました。

それにしても室町時代には既に書写から刊本に移行していたとは、まったく熱心な学風であると思えます。

苦悩乱者さんが仰る種脱判にしても、少し読み直そうと思ったのですが、五老方と興師、その脈絡から重須檀所の二人、佐渡に保田に洛を見、結局は上述の室町の熟覧期の影響から有師を見る客観性は欲しいわけです。しかし貧窮の身上、手許に歴全もなければ、日宗全もなく、資料見聞に往来する時間を割くのに骨が折れます。そんな意味で、ここの掲示板は資料情報の交換の意味が深まれば、ロムの方々にとっても、更に有用な電脳“檀林”となるかもしれません。まあ、余談ですが。


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