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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

542犀角独歩:2003/09/06(土) 14:27

苦悩乱者さん:

たしか正信会に対して親和性をおしめになっていたと記憶します。
同会発行の図録『日蓮聖人の世界』(日蓮聖人の世界実行委員会)P109に以下のように録内・録外に対するコメントが付されています。
わたしはもっとも意見であると拝読したものでした。
如何お感じになりますか。

*** 以下転載 ***

『録内・録外御書の編纂について』

 通説によれば、日蓮聖人の一周忌に六老僧が御書を持ち寄り、それ以外のものは御書として認めないことを合議し、148通におよぶ御書目録を作成した。この目録内にある御書を「録内御書」と称し、また目録作成に際して記録した一文を「御書目録日記」といっている。しかし、一周忌成立説は、六老僧が署名花押したとする御書目録日記の正本が伝わらず、目録自体にも種々何点があるため史実として容易に認められていない。宗門上代では日興の写本のように、御書が個別に書写されたことはあっても、セット化された録内御書が編纂されるまでに至っていない。近年の学説では、録内御書の成立年代の上限を聖人滅後100年頃としている。

 さて録内諸本一覧を通じてみれば、、室町期より戦国期、織豊期にかけて、多くの録内御書が門弟たちにより伝写されてきたことと知る。これら録内御書は書写の形態として一筆写本、他筆写本の両様があるが、そのいずれにせよ大概の写本が行数、字配り等に留意し、鄭重な楷書体をもって書かれており、御書研鑽のテキスト=教本としての役割を充分に感じさせている。

 また、録内御書はこれら写本を基として、江戸期に入るや元和の古活字版・寛永19年版・20年版・寛文9年版・宝暦修補版と続々刊行され、門下全般にわたって広汎なテキストとして活用されるようになった。大まかに言えば御書の伝承・研鑽に関し中世は写本時代、近世は刊本の時代とすることができる。

 次に録外御書について少しふれておきたい。録外とは録内に対する語で、文字どおり、御書目録に外れた御書を蒐集編纂したものである。録内御書を第一集成とすれば、録外御書は第二次集成にあたる。その編纂は、各所に置いて行われているが、いま主だったものをあげれば、身延本、他受用御書、三宝寺本、本満寺本、妙覚寺本、日健自筆本、日曜自筆本、本遠寺本などが伝えられている。後になればなるほど録外の収録御書は増えていき、寛文2年の刊行時には259篇を数えるに至り、ほぼ録外御書として集大成をみた。もっとも録内御書・録外御書ともに、聖人に仮託された偽撰が含まれており、その活用にあたっては文献学、書誌学の慎重な手続きを必要とする。


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