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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

500アネモネ:2003/08/30(土) 13:53
ガンコさん

>ええ、わたくしもロマンに酔いしれているだけなのかも、って思うことがあります。けっこう、近いかもしれませんね。

自分の置かれた立場とか、蓄積とか、人間的つながりとか、それら諸々に対する愛着(執着)とか、そういうことが、ある種のしがらみとか、足かせになってしまうんですよね。
でも、時間をかけてでも納得がいくまで探求されることは、決して無駄ではないと思います。最近のガンコさんのレスを拝見していて、そういう姿勢が伺えるなあと思って拝見させて頂いています。

>あっ、ダメダメ、そんな器用なことできませんですよ。

気が向いたら、いつでも来てください。

独歩さんに対するレスですが、興味深いので少し…
>これは日本におけるキリスト教伝来をお考えですか、それとも、古代の東西交流によって仏教・キリスト教に相似性がある、との意でしょうか?

ガンコさん、着眼的がいいですね。
私は、「キリスト教伝来」の影響ということもあるかもしれませんが、やはり「古代の東西交流によって仏教・キリスト教に相似性がある」のではないかと思います。
恐らく仏教が伝来する聖徳太子の時代から既に、そのような概念の原型があるのではないでしょうか。
日本の神道にしても、完全に日本の古代人のオリジナルではなく、海を越えてもたらされたものという説はよく聞かれ、物語の類似性もみられますし、またその変遷を示すように言語の類似性までもが日本語の中にも数多く残っているらしいです。

ちなみに、ユダヤ教(キリスト教)の救世主信仰は、ペルシャのゾロアスター教のミトラ神の影響が強く、またそれは東に向かっては弥勒菩薩の源流となったといわれいるそうです。この点は、独歩さんがより詳しいと思います。

また、キリスト教が東に伝えられて中国では景教となり、一説では西暦200年頃には早くも日本に伝わっているとのことですから、ゾロアスター教、ユダヤ教(キリスト教)、さらには密教や神道や仏教などから見出される神話の類似性は、間違いなく東西文明の交流と融合を如実に証明しているものでしょうね。
古代オリエントにおける文明の交流は、それこそロマンがあって面白いです。けこう、私は興味を持っていますよ。

ここからは私の勝手な想像ですが、文字を持たな古代人が、真理に結びつくような概念を人に伝えようとするとき、それを擬人化もしくは化身化して捉えて表現することが最もわかりやすかったのではないでしょうか。
日本の八百万の神にしても、またギリシャ神話にしても、そうですしね。それもまたひとつの人間の智恵かもしれません。
だけど、人間の人知を超えた存在の化身を観念的に想定して象徴とし、その象徴に教えを説かせるということが、たとえ一種の方便だとしても、そのことによって学び伝えられた崇高な精神というものは確かにあったと思います。
なにより、人間がその存在を奢り高ぶることを抑制する力となっていたのではないかと考えたりもします。


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