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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
49
:
顕正居士
:2002/04/29(月) 12:14
ところで。
>地涌菩薩の出現は(略)釈尊の成仏が伽耶始成ではなく、久遠成道を示すことに
>目的があります。
そうおもいます。釈尊は久遠の過去に菩提心を発し菩薩道を行じて仏になられたの
ではあるが、法華経は久遠の仏の実在を云わんとするのであって、釈尊の因行を
説かんとするのではないから、地涌菩薩は成仏已來久遠であることの表現である。
久遠発心から現等覚される迄の菩薩道は自行であり、菩薩道はみな利他の行では
あるが、仏としての計画的教化(化他)には含まれない、それは現等覚以降である
と解するべきでしょう。名字初心より教化が開始されるのはあくまで日本中古に独特
の説です。但し現等覚を妙覚に限れば、聖観自在も聖龍樹も自行の菩薩道の範囲
になってしまう。ゆえに現等覚を「初住」と判じるのであろうとおもいます。
「本地ノ眞因初住自リ已ニ來タ。遠ク今日乃至未來大小ノ衆機ヲ鑒ム。故ニ云ク、
『本行菩薩道時所成壽命今猶未盡』ト。豈ニ今日迹中ノ草座木樹方ニ今日大小ノ機
ヲ鑒ミン耶」
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