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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
47
:
独歩
:2002/04/29(月) 00:01
顕正居士さん:
長壽祗是證體之用未是親證實相體也
長壽ハ祗ダ是レ證體ノ用、未ダ是レ親シク實相ノ體ヲ證セザル也。
とされますが、前半はよいとして、この文の成り立ちは
(1)“證”體之用
(2)“證”實相體
であって“證”が述語として使われているのではないでしょうか。それなのに、(1)では「證體」と成句と扱い、(2)では述語として扱われるのは、どのような理由になるでしょうか。
また、ここの説明は「體」を論じるのであって、先には(体の)用は証すが、実相の体は証していないという意味となっていると思うのですが、顕正居士さんの訓読で「證體ノ用」とされてしまうと意味が取れなくなる気がします。
「長壽はただこれ體の用(はたら)きは證しているが、いまだこれは實相の體は證していない」という意味ではないのでしょうか。(“親”は「したしく」か「まのあたり」か、どちらと訓ずべきか悩んだので「証するを親しくせず」という意味で最後に残しました。たしかに上手くありませんでした)
まあ、私は独学ですので、では3年ばかり普通になりたいと思います(笑)
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