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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

440苦悩乱者:2003/08/26(火) 17:28

犀角独歩さん

メールの記録です。
(私)
> 2、種脱相対について私が知っているのは,真蹟遺文では「観心本尊抄」ですね。

(犀角独歩さん)
この書のどこに種脱相待がございますか。
五重相待はむしろ『開目抄』に説くところであり、内外は省きながらもその名目を覗か
せ、大小、権実、権迹、本迹の相違を考えられたものではありませんか。
『本尊抄』に「彼脱此種」というのは別抄に述べるところであって、五重相待義に含むべ
きものではないと拝します。
種脱相待とは“解釈”さればかりで、蓮師、興師ともにその考えは窺えないと存じます。

次に私が送らせて頂いた開目抄の抜粋(御書システム 興風談所発行)です。
菩薩心を発せる者の父なり」等云云。真言・華厳等の経々には種熟脱の三義名字す
ら猶なし。何に況や其の義をや。華厳・真言経等の一生初地の即身成仏等は、経は権
経にして過去をかくせり。種をしらざる脱なれば超高が位にのぼり、道鏡が王位に居
せんとせしがごとし。
 宗々互ひに権を諍ふ。予此れをあらそわず。但経に任すべし。法華経の種に依り
て、天親菩薩は種子無上を立てたり。天台の一念三千これなり。華厳経乃至諸大乗経
・大日経等の諸尊の種子、皆一念三千なり。天台智者大師一人此の法門を得給えり。
・・・中略・・・・
(これは開目抄 下 学御上巻p.215 終から6行目あたりからです。)

手塚師による意訳開目抄(上、下)によれば,同p.204に,「天親菩薩はその著,法
華論の中で十無上という事を言っています。
・・中略・・即ち,1、種子無上,2、修行無上,3、増上力無上,4、了解無上,5、
清浄国土無上,6、脱無上7、教化衆生無上,8、成大菩提無上,9、涅槃無上,10、勝
妙力無上の十がそれであります。」とあります。

(そして犀角独歩さんの御返事です。)
> 手塚師…

この人の考えにわたしはまるで賛同いたしません。問題外です。

なお、『御書辞典』と記されていますが、これは何でしょうか?
創価学会教学部編とかいうパクリ回しあの稚拙な語彙と珍解説を載せる書を使用されての
ことですか。
わたしは、これほど醜悪な辞典はないと考えます。
この手をお調べになるのであれば、『織田佛教辞典』をお薦めします。

更に私の返事です。(>が私です)

> 残念ながら,私は漢文を読めません。

それでは、漢訳の経論は何もわかりませんね。

> 所謂,一文不通の荒凡夫という事です。
> 己心の仏性を信じるのみです。

これはただの言い訳にしか聞こえません。
わたしも最初から白文が読めたわけではありません。
読めるようにならざるを得なかったのです。

> 末法に入りぬれば,余経も法華経も詮なし,只,南無妙法蓮華経なり
> どの御書は忘れましたが,確か真蹟では無いと思います。
> 不正確ですみません。確認はしておきます。

蓮師の御書を自分の不勉強の言い訳に使ってはいけませんね。

> 寛道師を全く評価しないのであれば,お話になりません。

はて、依法不依人ではありませんでしたか。

真跡ではありませんが「強敵を伏して始めて力士をしる」です。
真跡ならば「智者に我が義やぶられずば用ひじとなり。其の外の大難、風の前の塵なるべ
し」を挙げておきましょう。

1日も早く“風邪”が治ることをお祈り申し上げます。

こんな風に険悪な雰囲気なので、密室ではお断りします。

尚、開目抄の種脱相対の記述について、お答え願えれば幸いです。

もともと、種脱相対についてお話ししたかったのです。

最後に、諸経が教主釈尊の真説(真蹟ではありません)であるという証明は、三身即一身、一身即三身、この思想以外にそれを証明できる方法は無いのではないでしょうか。

再度、申し上げますが、私は公開された場所でしか、お話し合いは致しません。


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