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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
410
:
藤波太郎
:2003/08/17(日) 18:15
日蓮宗のお寺をお詣りしておりますと、日蓮宗は釈尊本仏と仰ぎつつ
いわゆる「祖師信仰」であることに気づきます
お祖師様に救っていただく
そう信じている信者が多いのです
曼荼羅本尊、一塔両尊四菩薩、一尊四菩薩等、さまざまな勧請形式が
あるにしても、
たいていのお寺には、御本尊が見えない位、大きな祖師像が奉安されています
はじめてそれを拝む人には、祖師像が本尊であるかのようにとられても
仕方がないくらい
ただ、これ(「祖師信仰」)と「日蓮本仏論」とは違うと思います
事実、「妙覚の位」と大聖人を位置づける表現があったとしても
私の記憶する範囲では、本仏論については
五百億塵点劫を実数としてとらえず、したがって久遠元初という時間を設定していません
「サテハ如来成仏ノ初ハ無リケリ、所詮無始無終ノ仏ニテ御座ス也、
爾ハ仏計リ不可無始無終、我等モ無始無終也」(『法華草案抄』第八巻17丁)
すなわち五百億塵点劫は久遠実成の譬喩であるということです
さらに、日朝師は我等衆生もまた本来、常住にして無始無終であるというのです
どちらかというと、天台教学と日蓮教学との違いを明確化した人というよりも
中古天台よりの学僧かな、とみてとれますが
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