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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

399ジャンノレン:2003/08/13(水) 10:26
ガンコさん、濃密な論文読ませて頂きました。
真跡、御妙判から聖祖の意をくみ取るとの努力はとりわけ日蓮宗各派の論点ですが、私はここに
御本尊の真跡も入れないことにはどうも宗祖の本意全体を知ることにはならないのではないか、
と思います。山中喜八氏の丹誠によって鑑定されたおおよそ百何福の真筆が残っていますが、本
尊相貌に於いてみる限りは、釈尊を中心とした佛教展開は感じられないのです。
印度にて説法された虚空会霊山を模した座配に、なんで日本の神がいるのですかね。集合といえ
ば集合させる意味があるのでしょうか?天照・八幡を勧請せねばならない理由はなんでしょうか。
しかも、花押も初期はバン字・後期はボロン字と変わって往く辺りはもろに、真言の影響も確認
されます。御存知の通り、真言では釈迦は立てません。台密としても、不動・愛染感見記の両明
王も本地は真言宗、大日の垂迹です。これも本尊中に四大天王の両脇左右にお認めであります。
こうなると、御書就中、本尊抄、開目抄ほか五大・十大部は法門の断片を説いた物で、本尊の讃
文も含めて詮議することでより、聖祖の本意が伺いできるのではないかと思うのですが・・・。


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