[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
394
:
ガンコ
:2003/08/07(木) 16:37
教主釈尊の御宝前とは? その5
「我が頭は父母の頭、」以下の御指南は、親子一体の義を御述べでありまして、まさに富木殿と母君(の遺骨)を前にしての大慈大悲に満ちた御説法であります。と同時に、大事の御法門を密示せられているようにも拝するものであります。
このほぼ一年前に著された撰時抄において、はじめに「釈子日蓮」と御名乗りあそばしてのち本文にて、「此の三つの大事は日蓮が申したるにはあらず。只偏に釈迦如来の御神我が身に入りかわせ給ひけるにや。」と仰せでありますが、まさしく父子一体のおもむきを感ずるものであります。
ゆえに、「是くの如く観ずる時」とは、大聖人こそ教主釈尊なり、と観ずるべきであることを暗示せられているように拝します。
さらにわたくしは、大聖人は富木殿を地涌千界になぞらえているのではないか、という気がしてなりません。「然る後、随分に仏事を為し、事故無く還り給ふ云云。恐々謹言。」との締めくくりはなんとなく他の御書とちがう印象を受けるのです。御手紙の体裁ではないし、もちろん法門書でもありません。ようは追伸なのでしょうが、しかし、それにしては手の込んだ文章であります。つまり、すでに申しましたように詩ないしエッセイのおもむきを感ずるものであります。
富木殿が身延にやってきて、そして還ってゆく・・・これを地涌千界の八品来還に見立てていらっしゃるのではないか? 「我が弟子之を惟へ、地涌千界は教主釈尊の初発心の弟子なり。寂滅道場にも来たらず双林最後にも訪はず、不孝の失之有り。迹門十四品にも来たらず本門の六品には座を立ち、但八品の間に来還せり。」であります。
もし大聖人が八品来還を意識せられて御書きあそばしたのであれば、教主釈尊の御宝前はすなわち日蓮大聖人の御宝前となりましょう。
ちなみに南条殿御返事には「彼の月氏の霊鷲山は本朝此の身延の嶺なり。」とあり、松野殿女房御返事には「天竺の霊山此処に来たれり、」とあります。
これらを図示すると、
霊山八年=身延九年 地涌千界=富木殿(その他門下全般) 教主釈尊=日蓮大聖人
となりましょうか。もっとも松野殿女房御返事の次下には「我が身は釈迦仏にあらず、」とありますので、“釈迦仏”ではないのでしょう。この辺がいちばんむずかしいところでありますが、さしずめ日蓮大聖人は“和製教主釈尊”と申し上げておきたいと思います。
いまだ文底の意を尽くしきれていない愚論でありますが、今回はこれでまとめとさせていただきます。(以上)
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板