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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

392ガンコ:2003/08/07(木) 16:28

教主釈尊の御宝前とは? その3

「然る後深洞に尋ね入りて一菴室を見るに、法華読誦の音青天に響き、一乗談義の言山中に聞こゆ。案内を触れて室に入り、教主釈尊の御宝前に母の骨を安置し、五体を地に投げ、合掌して両眼を開き、尊容を拝するに歓喜身に余り、心の苦しみ忽ちに息む。」

忘持経事は短い御書でありますから、全文拝読してその文意を確認していただきたく思いますが、わたくしはエッセイのようなおもむきを感じるし、また、詩情あふれる御文であると思っております。つまり、ひねりの効いた文章であるから、教主釈尊を字句どおり受け取ってはならないと考えるのです。
しかし、おそらくは異論があるでしょう。たとえば、「尊容を拝する」との意は曼荼羅にはふさわしくない、というような意見が想定されます。
それは・・・まったく、そのとおりであります。
わたくしは、もっとひねりが効いていると思っているのです。ここに仰せの「教主釈尊の御宝前」は“日蓮大聖人の御宝前”の意であられると。
理由をいくつか挙げますが、まず最初に申し上げたいことは身延参詣の主目的は大聖人に御目通りを賜わることであります。三沢抄には「又うつぶさの御事は御としよらせ給ひて御わたりありし、いたわしくをもひまいらせ候ひしかども、・・・」とあって、はるばる遠くから来たものであっても御目通りの叶わなかったものが少なくないようであります。むろん、富木殿は在家分の筆頭格ともいうべき存在でありますから、御会いできないことはなかろうと思いますが、しかし、よくよく本文を拝読しますとどうしたことでしょうか、大聖人のおすがたはまったく捨象されてしまっているのです。エッセイないし詩と申し上げたのはこのような意味からでもあります。まるで大聖人はどこかに御隠れになって富木殿の行動を観察していらしたような御文であります。しかし、そうではありません。

「我が頭は父母の頭、我が足は父母の足、我が十指は父母の十指、我が口は父母の口なり。譬へば種子と菓子と身と影との如し。教主釈尊の成道は浄飯・摩耶の得道、吉占師子・青提女・目犍尊者は同時の成仏なり。是くの如く観ずる時無始の業障忽ちに消え、心性の妙蓮忽ちに開き給ふか。」

これは大聖人の御説法・御指導であります。つまり、富木殿は大聖人に御会いするためにはるばる下総より参上したわけであり、このような趣旨の御説法をじっさいにはもっとたっぷりと拝聴したものと思われます。そうであれば、前段の「案内を触れて室に入り、教主釈尊の御宝前に・・・」とは、大聖人に御目通りする様を形容したものであり、「歓喜身に余り」とは、久々に大聖人の御尊容を拝見しての喜びの様をあらわしたもの・・・と考えることができようかと思います。


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