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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
387
:
藤波太郎
:2003/08/01(金) 09:13
常徳庵様
はじめまして、よろしくお願いします
鋭いご質問をいただき、ありがとうございます
私は重須を代表して発言する者ではありません
しかも、富士門といっても、日蓮宗の一信者であることをまずは明言いたします
そのことを前提としまして、あえて発言させていただきます
>あれ! 316には「重須の本尊は曼荼羅本尊です」314と316が? 元富士門流の一本寺たる北山に於いて、、、藤波さん「釈尊」と記したのはどうゆう理由からでしょうか。
たしかに、私は矛盾することを申し上げておりました
失礼しました
しかし、これは読み返してあえてそう思えるのあり、私の中では
なんら矛盾しているという自覚はなかったこともまた申し上げたく存じます
314で申し上げました「釈尊」とは、現在日蓮宗の本尊として規定されている
「久遠実成の本師釈尊」
のことであります
316で「曼荼羅本尊」と申し上げましたのは、勧請形式として「曼荼羅」を
掲げているということで、やはり本尊は「久遠実成の本師釈尊」です
信仰の対象はあくまで「久遠実成の本師釈尊」であり
その勧請形式が種々ことなっているだけです
「曼荼羅本尊」をみて、「久遠実成の本師釈尊」を仰ぐのです
「久遠実成の本師釈尊」=「曼荼羅本尊」
これは、日蓮宗では何ら疑問視される発言ではありません
この認識のもとに私は発言したわけです
また重須以外の日蓮宗諸山では
歴史的に一尊四菩薩像、一塔両尊四菩薩、等
さまざまな勧請形式がとられてきた経緯があります
いずれも本尊は「久遠実成の本師釈尊」です
ところで、問題はこれが「重須」なるが故に、でありましょう
重須では、私の知る限り釈尊像をおまつりした歴史はありません
「曼荼羅本尊」を掲げてきました(勧請形式として)
これは、700年来、一貫していたと聞いております
ただ、日蓮本仏論の時代もたしかにありました
「曼荼羅本尊」をみて、本仏日蓮大聖人と仰いだ時代があったということです
また、釈尊本仏論の時代もありました
大きくは、石山教学と要山教学、この二つに揺れ動いてきた歴史があります
明治・大正・昭和(初期)においては、重須は要山教学(日辰教学)一色で
故に釈尊本仏論時代であったと聞いております
ただ、石山・要山においても、教学史があり、大きく変貌を遂げてきた
歴史がありますね
ご存知のとおり、日蓮本仏論を掲げるまで、そして掲げたあとも
教学は決して盤石ではなく、揺れ動いている部分はあるのではないでしょうか
それにしても、
常徳庵様のおっしゃるとおり、重須は「一番軟化」であったのかもしれませんね
第一、重須教学というのを、聞いたことがないですよね
常徳庵様のご指摘は、辛辣です
私も長くなってしまいました
とりあえず、このへんで
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