[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
378
:
藤波太郎
:2003/07/27(日) 10:27
無徳様
遅くなり失礼しました
372のお返事です
「無始の古仏」「久遠下種」ともに、五百億塵点劫がたとえであると
実際には実数値ではないという解釈で説明できると思います
実数値であれば「有始」です
さとった瞬間があるわけですから
「無始」の古仏であれば、はじめからさとっていた仏様という解釈ですよね
下種益が先か、脱益が先か
これはニワトリが先か、タマゴが先か、という議論になりますが
正宗では「永遠の過去にさかのぼる下種」があったとみるわけで
日蓮宗では「はじめから下種されていた」とみるわけです
ですから、「久遠即末法」とは解釈できないと思いますが
たいへんビミョーな表現で、どっちでも良いような気さえしてきます
しかし、それによって本仏=本尊が違ってしまうのであれば
決して戯論ではなく、大いに悩むべき問題でしょう
それにしても、こちらの掲示板に書き込まれている皆様
ほとんど正宗もしくは創価学会の方とおみうけしますが
御書の引用が的確ですね
さすが、としか言いようがありません
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板