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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

367ガンコ:2003/07/25(金) 07:27
藤波さん、どうもです。

三世益物について、わかりやすいご教示を賜わりました。
久遠下種というのは正宗でも使うと思います。ただ、意味の取り方に違いがあるんだと思います。
大聖人は上行菩薩であられる。これも正宗で言うと思います。
末法においては上行菩薩が下種をするということが御書に説かれています。
ようは経文の説相に準じて上行菩薩、内証を久遠元初の御本仏と拝するわけです。
非情に難しいところなので、わたくしは簡単に、ほんらい下種というのは仏さまがなされることであろうから上行菩薩というのは本当は仏さまにちがいない、と考えています。
自受用身とか無作の三身とか正宗では言いますが、言葉は知っているけど意味はよくわかってないです。

時に藤波さん、
>日蓮宗では五百億塵点劫は「たとえ」であり当然「久遠元初」という「時」は存在しません

これはどういうことですか? 久遠元初はおくとして、久遠下種は「たとえ」なのですか?
それとも寿量品の示すごとく、釈尊は久遠の昔に成道を遂げたがそれを表現することの困難を意味しているのでしょうか?
「然善男子。我実成仏已来。無量無辺百千万億那由他劫。譬如・・・」
この「譬如」以下を「たとえ」というならそうでしょうけど、久遠実成そのものを「たとえ」というならまったく意味が違ってくると思うのです。
もっとも日蓮宗は広いですから、学者によっても意見がまちまちなのでしょうけど。


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