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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

362アネモネ:2003/07/24(木) 08:55
展望 期待人 さん

レスありがとうございます。

>冊子には「会社の利益の為という動機でも、また上司の指示があっても”法律や倫理に反する行為”は許容しない(コンプライアンス=法令順守)」と明記されましたようです。 

ここ数年、三菱自動車のリコール問題や、雪印の事件など、企業の不祥事が数多く表沙汰になりましたね。企業における組織の論理で利益追求のみを考えてきた皺寄せが、平成大不況のこの時期にダブルパンチとなって襲ってきたといえますね。それら企業に共通していえることは、企業ブランドに胡座をかいてお客様本位の立場を忘れていたということ、組織ぐるみで不祥事を隠蔽しようとしていたところ、そして不祥事に対する責任の所在が不明であるということではないでしょうか。
しかし、このようなことが発覚すれば、企業の社会的信頼は地に落ちますね。胡座をかいていたブランドイメージも幻と消えます。
再び消費者から真の信頼を取り戻すためには、組織の論理を乗り越えて、個々の社員ひとりひとりが責任をもって仕事に取り組むことから始まるわけですね。
たとえ上からの命令であっても、それが良識的な命令といえるのかどうかは、個々の「自分」が理性的に判断していくことが求められてきているわけですね。とても発展的な決断といえます。

宗教組織も同じだと思います。いや本来、宗教こそそのような自己確立が求められるべきはずです。世間法の上に仏法があるというなら、社会に先んじて宗教組織は変わっていかなければならないはずです。

確信をもって社会に向けて信仰を語りながら、その広めている信仰に対する責任は組織丸ごといたって希薄であることは否めません。それは組織全体の「責任感の喪失」という社会的問題でもあるとの視点から、別の掲示板で「信仰者の信仰責任」というテーマで議論を試みております。よろしかったらご閲覧ください。
http://jbbs.shitaraba.com/study/3050/pundarika.html


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