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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

360アネモネ:2003/07/23(水) 10:59
聞きかじりの内容で恐縮ですが…
近年の実践的思想家として尊敬されるひとりに、インド独立運動の指導者マハトマ・ガンジーがあげられますが、日本山妙法寺の人々の行動はガンジーに深く愛され、非暴力・不服従という思想行動は、互いに深く影響を与えあっていたといわれていますね。
学ぶべき姿勢がたくさんあるように思われます。

組織拡大という目先の目的達成などではなく、排他精神や独善性を克服した真に平和目的のための実践的救済活動は、宗教の違いや国の違いを超えて非常に尊い姿として広く感銘を受けるものですね。それこそ生きる勇気を与えるものでしょう。
日蓮の過激に強い信念体系とは、このような形で現代に生かされてくことが最も望ましいといえるのかもしれません。

日蓮正宗では、自分とは関係のない人のために祈るということは全くといっていいほどなかったと思います。人のために祈るどころか、敵対する人たちの不幸を祈るような唱題が行われてもいたところなど、信仰者として非常に恥ずべき姿であったと思われます。
また組織に関する裁判勝訴のために四六時中唱題会が行われることはあっても、世界のどこかで理不尽な戦争に巻き込まれ被害を受け悲しんでいる人々のために、心を合わせた唱題をするようなことは、組織内でただの一度も経験したことはありませんでした
そのような姿からして、この信心が正しいなどといえるものではないと、いつも感じてきました。

しかし、日本山妙法寺の行動には人の為に祈るという非常に尊い姿がみてとれますね。しかも祈るだけに留まらず、実践的に救済につながる行動をしている姿は、本当に敬服するものです。

私は、今となっては日蓮が本仏であるか否かということよりも、むしろ日蓮を師として現代に連なる者が、現実社会の中でどのような思想をもって振舞い、そしてどのような社会的実践行動をとっていくのか、そちらのほうに関心がいきますね。
またその姿に宗教としての真価や、信仰者としての評価が問われるような気がするものです。


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