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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
349
:
愚鈍凡夫
:2003/07/21(月) 16:23
>>345
: 藤波太郎さんへ
現在、小生は「日蓮本仏論者」ではないので考えが違うのですが、思考パターンを創価学会員当時に戻して考えてみたいと思います。
「日蓮本仏論者」の方々に間違いを指摘し、補足して頂ければと思います。
>「久遠元初」とは、いわゆる法華経説法よりさかのぼる五百億塵点劫のポイントすなわち一時点を指すのでしょうか?それとも、五百億塵点劫より過去の時間を指すのでしょうか?
「久遠元初」とは、「久遠実成」の当初(そのかみ)、即ち久遠実成以前を指しています。
一応、時間に約して論ずれば、生命の始まり(宇宙の始まり)の時を言うようです。違う言い方をすれば、久遠実成の教主釈尊の本因の時と言えるでしょうか。
而して、創価学会での解釈は、
「御義口伝に云く此の品の所詮は久遠実成なり久遠とははたらかさずつくろわずもとの侭と云う義なり」(「御義口伝下」 学会版P759)
との文証を引用して、無始無終の生命本来の姿を「久遠元初」というと結論づけています。
>「久遠元初」の教主は、下種をもっぱらとするのですね。
>いわゆる「種」「熟」「脱」の「種」を担う仏であるということ。
>そこで、わからないのは、末法において「種」を担うのは「上行菩薩」
>ではないのですか?
>仏が再度この世に応現してしまうのですか?
ええとこ突きはりまんなぁ(ワシが言いたいわ)。
気持ちを取り直して、
此の三大秘法は二千余年の当初地涌千界の上首として日蓮慥かに教主大覚世尊より口決相承せしなり、今日蓮が所行は霊鷲山の稟承に芥爾計りの相違なき色も替らぬ寿量品の事の三大事なり」(「三大秘法禀承事」 学会版P1023)
「法華経の会座に登場する上行菩薩は、「久遠元初の教主釈尊」の垂迹であると解釈します。
法華経の会座では、上行菩薩として登場し、末法では日蓮という凡夫の姿で現れる。
而して、その本地は「久遠元初の教主釈尊」であるというのが創価学会の解釈です。
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